自転車で山、海へ行く

山、海、街、自転車、船、本のこと

常念山脈縦走①(2021/06/25,26)

6月24日木曜日、JR阪和線大阪駅へ向かう車中、高速バス予約サイトの申し込み履歴を何回も見直しながら、私は絶望の淵に立たされていた。予約しておいたはずの松本行き夜行バスの履歴に、“キャンセル済み”の文字が並んでいる。脳内が一瞬はてなマークで埋め尽くされたが、すぐさま冷静さを取り戻し、いったい今の予約状況はどうなっているのか分析した。どうやら予約したものの決済が完了しておらず、自動的に予約キャンセルとなったらしい。予約する際に、確かにクレジットカードの情報を入力し、その場で決済も完了させたように記憶しているが出来ていなかったようだ。

日々の休日出勤を重ねながら何とか勝ち得た3連休。ようやく北アルプスの地に還り、身も心も大自然に預けながら山行を楽しむはずが、よもや高速バスの予約ミスという、この上無くしょうもないミスで全てが台無しになってしまうのか。自身の不甲斐なさに情けなくなった。しかし電車に乗って、今まさに大阪へ向かう最中で引き返すわけにもいかない。もしかすると奇跡的に席が空いてるかもしれない。暗鬱な心持ちのまま一縷の望みに掛けて、梅田三番街の高速バス乗り場へ向かうことにした。

高速バス乗り場へ着くと、受付のおじさんに意を決して尋ねた。

「9時40分発松本行きのバスって席空いてたりしませんかね…。」

「あぁ、空いてますよ。窓側の席は一つしかないけど、そこでいいですか?」

ーーー。勝った。

「空いてるんですね!そこで大丈夫です!」

予定通り松本へ行けることが分かり、先程までの暗鬱たる気持ちは消え去り安堵感に包まれた。これはおそらく先週巡礼してきた摩耶山開運8ヶ所巡りのおかげだろう。雨が降りしきる中、夜勤明けの身体に鞭打って30kmほどの山道を巡礼してきた甲斐があったというものだ。

定刻通りやってきたバスに乗り込み、ホッとする。前席に座っている女性が少しの断りもなしにグイグイとリクライニングを倒してくるが、そんな些細なことは全く気にならない。森羅万象、私を取り巻く全ての事柄に感謝の気持ちでいっぱいである。しかし、それにしても些かリクライニングを倒しすぎではないのか、倒しすぎてあなたの後頭部が丸見えなのですが。まぁ本来なら無念極まりなく寮へと引き返している身である。リクライニングがどうこう言える立場ではないのだ。やや窮屈な姿勢になりながらも、眠気に任せて目を閉じた。翌朝、6時10分ごろ終点の松本バスターミナルに到着した。件のリクライニング問題でなかなか寝付けず、1時間おきに目が覚めたので非常に眠たい。前席の女性はさぞかし良く眠れただろう。本望ではないが彼女の快眠に貢献できたのなら良しとしよう。決して本望ではないが、、

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どの街でも早朝の空気感がたまらなく好きだ。着飾らないその街本来の雰囲気や生活感を肌で実感できる。松本は大阪よりも2〜3℃気温が低く涼しい。松本駅の西側には北アルプスの大山脈が連なっており、遠目から見てもそのスケールの大きさがよく分かる。駅前のロータリーに面するマクドナルドでソーセージマフィンを2つ食べた。夜行明け、朝マックの美味さたるや。

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腹ごしらえをしたのち松本駅から大糸線に乗り、穂高駅へ向かう。ちょうど通学時間帯と重なったようで、同じ車両に地元の高校生が大勢乗っている。大山脈を背に生まれ育った人たちにとって、山とはどういう存在なのか気になったりした。

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穂高駅に到着。いつもなら中房温泉までのバスの運賃を節約するために、一駅先の有明駅で下車し、約5kmほど離れたバス停まで歩くのだが、今回は仕事の疲れを溜め込んでいたので、素直に穂高駅から乗ることにした。同じバスに乗ったのは自分と、50歳くらいの男性の2人のみ。6月下旬といえば、まだ本格的に夏山シーズンは始まっていない為、予想以上に空いていた。バスの運転手さんが1年前に乗ったときと同じ、具志堅用高似の方で嬉しくなった。あいも変わらず華麗なハンドル捌きで、ヘアピン続きの細い峠道をぐんぐん上っていく。天気は曇り予報だったがときおり晴れ間が見え、木漏れ日が差すなか1時間ほどのドライブを楽しんだ。

3度目の北アルプス。未だに楽しみと不安の割合は3:7ぐらいで一向に慣れない。とにかく無事に山行を終えられるよう、一層気を引き締めた。

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BRM1003近畿200km川西(実走編)(2020/10/03)

始発に乗って川西池田駅までやってきた。約1年ぶりに輪行をしたので輪行袋に入れるのにかなり手間取ってしまった。改札を出て自転車を組み立てていると、後輪のタイヤが大分すり減っていて平らになっていることに気づいた。前日までに確認しとけよという話である。反省。詳しい走行距離は分からないが、タイヤを交換したのがいつだったか覚えてないくらいなので相当走ってると思う。Panaracer category S2という街乗り用のタイヤで1本2500円ほどであるが、パンクをした記憶がなく優秀なタイヤだった。ブルベ中にパンクしないことを祈る。

高専の友人(今後あだ名の“会長”と表記する)と合流し、受付場所の猪名川河川敷ドラゴンランドへ向かう。気温は半袖ジャージで少し肌寒いくらいだが、走る分にはこれくらいが丁度いいだろう。辺りには反射ベストを着たランドヌールの方々がぞろぞろ屯っており異様な光景である。受付を済ませてブルベカードを受け取る。

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ここで会社の同期3人、K藤君、T尾君、K出君と合流し計5人で走ることになった。

8:00 猪名川河川敷ドラゴンランド スタート
先ずは箕面方面を目指す。初っ端から登りだがペースは緩々なので気持ちがいい。しかし、いきなりアクシデント発生。会長落車。ダンシング中に前輪が私のマドンの後輪に当たってしまったらしい。チェーン落ちとRDが少し内側に曲がってしまったので修正し再スタート。

9:13 忍頂寺

正直すでにどの辺を走ってるのか把握していなかった。初めて訪れるエリアで地理感に疎く、ナビに頼りながら走る。f:id:massto0421:20210526084800j:imagef:id:massto0421:20210526084842j:image
清阪峠を超えたあたりで少し休憩をとっていると、会長の職場の部長さんとばったり遭遇。「これから先の下りは急だから気をつけてね」と有難い助言をいただき発進。f:id:massto0421:20210526084755j:imagef:id:massto0421:20210526183055j:image

幅の狭い林道を進み、路面もやや荒れ気味になってくる。パンクが怖いなぁとビクビクしながら走っていたら、またもやアクシンデント発生。K藤君パンク。皆で協力してすぐに対応しロスを抑える。無事チューブ交換が終わり再スタート。f:id:massto0421:20210526084852j:image

10:00 中畑回転場

今回ひとつ目の写真ポイント。辺境のバス停に列をなすランドヌールの皆様。なんだこれシュールすぎる画だな。f:id:massto0421:20210526084823j:image

中畑回転場を過ぎてからは長岡京の市街地へと抜けるのだが、この区間でとんでもない激下りが待ち受けていた。おそらく先程、部長さんが仰っていた場所だと思う。それが善峯寺の九十九折。関西でも屈指の激坂だそうで、最大斜度は25%にも及ぶ。絶対に登りたくない。下るだけでも相当危険で、ヘアピンのたびに崖から落ちてしまいそうでヒヤヒヤする。引け腰になりながらスローペースで下った。肩が凝った。f:id:massto0421:20210526091449p:image

11:30 ローソン嵐山谷ケ辻子町店(PC1)

やっと補給できる。PCとなっているコンビニのレシートが実走証明書となるので忘れずに貰う。f:id:massto0421:20210526084803j:image

しばらく市街地を北上し渡月橋方面へ向かうが、信号が多くてなかなか思うように距離を稼げない。交通量も多くてストレスが溜まる。渡月橋はさらに混雑していた。反射ベストを着て自転車に乗るおじさん達の集団は渡月橋に来てからなお一層と浮いていて、道ゆく人々の視線が痛い。まぁそんな反応も楽しかったりする。f:id:massto0421:20210526084733j:image

続いて保津峡へと向かうため奥嵯峨の小道を登っていく。ようやく人混みを抜けられてホッとしていたが、登りの傾斜はだんだんとキツくなり、またもや本格的なヒルクライムが始まった。考えてみればスタートから登りっぱなしのような気がする。若干泣きそうである。走行距離は80kmほどでそろそろ足の疲労感を無視できなくなっていた。f:id:massto0421:20210526084744j:image

なんとか峠を越えたが、かなり脚にきた。同期3人はまだ余裕がありそうだが、会長がやや遅れ気味で辛そうな様子である。しかし時間もあまり余裕が無いので先を急ぐ。保津峡へ下っていると、後方でガシャァァン‼︎ と大きな音がしたので嫌な予感がし、引き返すと会長がコーナーで落車していた。幸いなことに大きな怪我はない様子で大事には至らなかったが、前輪のリムが歪んでしまっていた…。買ったばかりのレーシングゼロらしく、かける言葉が見つからない。とにかく今の状態では再スタート出来ないので会長はここでリタイアとなった。f:id:massto0421:20210526084837j:image

若干、重苦しい空気のなか次の写真ポイントへ急ぐ。保津峡は5年ぶりに来たが景色を楽しむ余裕が無い。下ってからすぐにまた登り始める。私は皆んなの最後尾を走り必死に着いて行った。

13:01 宕陰出張所前f:id:massto0421:20210526084710j:image

ようやく2つ目の写真ポイントに到着。次のPCの関門時間が14:04だが、あと20kmちょっとありかなりシビアになってきた。K出君を先頭にピッチをあげて爆進し始める。幸いなことに道は下り貴重でスピードは上げやすい。ただK出君の引きが容赦なくて着いていくのがやっと。千切れたら最後巻き返す力が残ってないと自覚していたので、何とかくらいつく。半泣きだった。途中、水の無くなったダム湖があって写真を撮る。おいおい時間大丈夫かよ笑
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13:52 ファミリーマート北周山町店(PC2)

よほどしんどかったらしく写真が残っていない笑 K出君の先導のおかげで何とか10分前に到着することが出来た。後から聞いた話ではここのPCに間に合わずDNFとなった人たちが割といたらしい。正直ここでリタイアしたかったがそれでは会長に顔向けできないので、とりあえず行けるとこまで行こうと思えた。

幸いこの先は緩い登りがあるものの本格的なヒルクライムは無かった。ローテーションを組み全員で先頭を引きながら次のPCを目指す。

16:00 ローソン京丹波升谷店(PC3)f:id:massto0421:20210526084832j:image

この時点で50分ほどの貯金が出来て、気持ちにかなり余裕ができた。残りの獲得標高も1000m弱でようやく完走が見えてきた。やがて日が落ち始め辺りは暗くなり始める。f:id:massto0421:20210526084720j:image

最後のご褒美なのか、後半はずっとなだらかな下りが続き、道幅も広く走りやすい道が続いた。ブルベは走っていると、コース設定をした主催者の意図が見え隠れして面白い。これまで走ってきた道を振り返っても、誰が通るねん、と思うような林道や、善峯寺の劇下り、音を上げたくなるような登りの連続など、非常にバリエーションに富んでいて、ランドヌールに楽しんで欲しいという主催者の願いが汲み取れた。そして最後のこの下り。お疲れ様ですと言わんばかりの労いの道である。f:id:massto0421:20210526084724j:image

19:24 セブンイレブン川西矢問3丁目店(ゴール)

タイムは11時間24分。制限時間は14時間なので余裕があるように感じるかもしれないが、終始仲間と走っていてこのタイムなので、もし1人で走るとなると危なかったかもしれない。というかPC2で関門に間に合わず完走できなかった可能性が高い。改めて一緒に走ってくれたメンバーに感謝である。そして次こそは、会長も一緒に完走を果たしたい。それにしても、コンビニでゴールを迎えるというのはなんとも不思議な気分である。f:id:massto0421:20210526084847j:image

完走の記録をする為に、スタートのドラゴンランドへ。ブルベカードやレシート等と引き換えに完走メダルを頂いた!メダルを貰うのとか、小学校の卓球大会以来だよ笑

近くの温泉で疲れを癒やし、激動の11時間24分を振り返りながら帰路についた。f:id:massto0421:20210526084819j:imagef:id:massto0421:20210526084828j:imagef:id:massto0421:20210526084808j:imagef:id:massto0421:20210526184007j:image

BRM1003近畿200km川西(準備編)(2020/10/03)

高専に在学していたころは自転車競技部に所属しており、シマノ鈴鹿ロードレース、はりちゅうエンデューロ、堺浜クリテリウムといった市民レースでの入賞を目標に練習してきたわけだが、5年間の活動を経て分かったことは、どうも私はレースに向いていないらしいということだ。

レースでの集団走行のスピードは軽く50km/hを越え、市民レースといえども下りとなれば時に70km/h近くに達する。自動車ほどの速度が出るにも関わらず、選手が身につけている防具といえばヘルメットのみで、サイクルジャージは防御力という点でみれば裸に等しい。集団内では、周りの選手の自転車に接触しないように、酸欠気味な中、神経を尖らせながらロードバイクを操らなければならない。しかし自分がいくら気をつけていても、近くの誰かが落車すればひとたび巻き込まれてしまう。私は幸い集団落車に巻き込まれた事はないが、レース中にたびたび目撃した事はある。コース上で呻く選手たちと、ウン十万もする高額な機材が無残哀れな姿になっている様はまさに地獄絵図である。こりゃ命がいくつあっても足りないし、はたまた金も足りないなとその時思った。

ただしこれはあくまで私の主観であり自転車競技を否定したい訳ではない。レースでしか得られない高揚感や人と競い合う楽しさも勿論あって、私もそれを感じる事は多々あった。しかしその楽しさとリスクを天秤にかけた時、私の中ではどうしてもリスクの方が重くなってしまった。

その点、ブルベは50〜100人程度の少人数で出走し、他人と競うわけでもなく定められたコースを制限時間内に走ればよいため、レースと比較すれば平和的な競技と言えるだろう。マイペースな性格上、ブルベという競技が自分に合っていると前々から確信しており、早く出走できる年齢になることを待ち侘びていた。ようやくその時が来たわけである。

初めてブルベに参加するので、まずは最も距離が短い200kmのコースを選ぶことにした。あとは都合のいい日程と、なるべく近場という条件で調べたところ、兵庫県川西市を起点にした「BRM1003近畿200km川西」が良さげだった。

高専の友人がブルベに興味を持っていたので誘うことにした。彼は社会人になってから、会社のサイクリング同好会、通称“ダム部”で各地のダム巡りをしているらしい。サイクリングとダム、どちらに重きを置いてる同好会なのか謎であるがユーモアがあって面白い。あと会社の同期にブルベに出る話をしたら、こちらも興味を持ったようで3人出ることになった。

ブルベに参加するにあたり、色々と準備しなければならない。数年前に買った 鈴木裕和『ブルベのすべて』を引っ張り出し、必要な装備を揃えていく。本書は約350Pに及び、鈍器になりそうな分厚さから察せるとおり情報量が半端ない。これからブルベへの参加を考えている方は必読である。f:id:massto0421:20210526061245j:image

準備物として、まずはGPSサイクルコンピュータ。ナビ機能付き、稼働時間24時間以上を条件に探し、Bryton Rider420 を購入した。GPSサイコンのナビ機能は、マップそのものが表示されるタイプと、あらかじめ取り込んでいたルートが線状に表示されるタイプの2通りあるが、前者は稼働時間が短く高価であるため、やめておいた。f:id:massto0421:20210218142801j:image

サイコンと合わせてレックマウントも購入。サイコンに付属されているマウントはステムの真上、もしくはハンドルバーに取り付けるタイプだったが、ハンドル周りがごちゃつくのが嫌だったので追加で別途購入した。サイコンの真下にCATEYEのフロントライトを取り付けられる仕様になっている。f:id:massto0421:20210526062815j:image

次に用意したのが反射ベスト。ブルベでは夜間も走行するため反射ベストを常時着用しなければならない。ランドヌールの象徴とも言える。自転車とサイクルジャージのカラーに合わせたかったのでオレンジ色のものを選んだ。職業柄ついつい「ご安全に!」と言いたくなる。f:id:massto0421:20210218142828j:image

3,400km以上になると必要な装備もまた増えるが、今回は200kmなので日帰りの装備とそこまで変更点は無かった。

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町(2021/04/17)

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実家のある本山の町内からは、どこにいても保久良山の鳥居と石灯籠がよく見える。少し開けた山の中腹にそれらは建っており、昼夜を問わずいつでも麓の町を静かに見守っていた。

保久良山は子供達にとって格好の遊び場だった。小学生の頃は友人とよく秘密基地を作りに登ったものだ。山と言っても標高は185mで、小学生の足でも学校から30分も歩けば頂上に着いた。この学校というのが、作家の中島らもと同じ本山第一小学校である。同校出身の彼のエッセイ『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』には、保久良山にまつわるエピソードが書かれている。

本山第一小学校に通っていたころは、体育の時間によくこの山に登らされた。ほいっ、ほいっと、と頂上まで行って、てっぺんにある神社の境内でひとやすみしてから、上りとはうってかわって楽な下り道をおりていく。学校に着いて、それでちょうど50分という行程である。

休みの日にはこの保久良山から尾根づたいの金鳥山へ出、さらにその奥へ分け入って「水晶狩り」をした。

小学6年生の春、担任の提案でHRの時間に保久良山へ登りに行ったことがある。そして頂上から学校のある町に向かって大声で自己紹介をした。とてもユニークで人情深い先生だった。

らもが「水晶狩り」をした場所は風吹岩のことである。そう言い切れる理由は、私もまったく同じ事をしていたからだ。風吹岩と呼ばれる場所には花崗岩の塊が剥き出しになっていて、その隙間にキラッと光る石英があったのだ。それを道中で拾った石などでほじくりだしては、石英の美しさや大きさなどで友人と競い合っていた。

らものエッセイを初めて読んだ時、やる事なすこと全てが同じで思わず笑ってしまった。どうやら半世紀近く歳が離れていても、その町の子どもの遊びは変わらないようである。

また、らもは自身の灘高時代についてこのようなことを書いている。

僕はよく昼から学校をサボって一人で保久良山に登った。山頂から街をながめていると全ては事もなく平和そうで、さきゆきの不安にさいなまれている僕とは無縁のいとなみを続けているように見えた。

これも非常に共感できる話だった。保久良山は海や町から非常に近い。そのため阪急電車やJR、高速道路を走る自動車、大阪湾を行き交う船などが、忙しなく動いている様が見てとれる。それらを眺めていると、自分が悩んでる間にも世界は平常通り回っていて、自身の存在感がとても小さなものに思えてくるのだった。

ややこしい年齢になると必然と悩みも増えてくる。悩みの増加と比例するように、保久良山に登る頻度も増えていった。そして頂上からの景色を眺めて自身を俯瞰することで、悩みは解決しないにしても「まぁ何でもええわ。」と一旦リセットすることが出来た。

大半は一人で登っていたが、友人と登ることもしばしばあった。それは決まっていつも、本山周辺で一緒に晩ご飯を食べた後だった。真っ暗な坂道を腹ごなしに登っていると時折、暗闇の中でイノシシが走り去る音が聞こえたりもした。頂上に着くと、近況や将来のことについて小一時間ほど喋るのがいつものパターンである。不思議なもので、保久良山にいると何でも明け透けなく話すことができた。もちろん友人の素晴らしい人徳によるところが大きいのだが、保久良山という場がもたらす影響もあったと思う。

古来より航海の目印とされてきた保久良山の灘の一つ火は、私にとっても、この先の長い道のりを照らし続ける導灯となってくれるだろう。

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OSJ新城トレイル32K (2021/03/28)

先週3/20,21に開催された六甲縦走キャノンボールランは、全山縦走を1.5往復するレインボーの部にエントリーしたのだが、体調と足の状態が優れず20km走っただけでリタイアしてしまった。あの豪雨の中、片道を完走しただけでも脱帽ものである。やはり六甲山は変態の巣窟である。

リタイアした理由はもう一つあって、まさしく今日開催された「OSJ新城トレイル」の32Kにエントリーしていたから。エントリー代、交通費、宿泊費など、それなりにお金をかけてるので、なんとか完走したい思いもあり、大事をとってキャノンボールはリタイアさせてもらった。雨の中ボランティアでエイドを出していただいた皆様、コロナ禍の中でもレースを開催していただいた運営の皆様に感謝です。

 

OSJ新城トレイルに参加するのは初めてなので、色々と勝手が分からない。なのでこの記事が、2022年大会で初めて参加される方の参考になればと思う。

3/27(土)夜勤を終えて8:00に会社を出る。そのままレースの準備を持って最寄り駅まで。今回は18きっぷを使うのでJRの在来線です。10:00大阪発に乗車。豊橋で途中下車して、新城出身の友人に教えてもらった「スパゲッ亭」のあんかけスパを食べた。それからまた飯田線に乗り換えて15:51にレース会場最寄り駅の三河槙原に到着。駅から会場までは徒歩10分くらい。ハガキを見せて受付完了。

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宿は会場になっている「モリトピア愛知」にしたのでそのまま直行。新城トレイルの出場選手は大広間にも泊まれるため最安2500円で泊まれる。ただし同じ空間に8人いるのでコロナ禍の状況ではあまりお勧めしない。浴場無料、バスタオル貸出100円、歯ブラシセット50円。自販機あり。夕食は3500円と言われたので流石に手が出せず素泊まりにした。

で、問題の夕食だが、温かいものを食べたいので飲食店探すことに。三河槙原駅の二つ手前「三河大野駅」の近くに「天賜食堂」という台湾料理屋さんがあって、近辺の飲食店で唯一、夜まで営業してるのでそこに行くことにした。モリトピア愛知から5kmとちょっとなので、ウォーミングアップも兼ねてジョギングで。レバニラ定食美味しかったです。メニューも豊富でGOODでした。

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近くにファミマがあるので朝ごはんや補給食の買い出しを。たぶん会場から一番近いコンビニ。18時ごろに行ったけど、おにぎりラスト2つだった。水2リットルは売り切れてた。プロテインバーの種類豊富なのが嬉しい。

電車で三河槙原に戻る。本数少ないので注意。

モリトピア愛知に戻ったらレースの支度。大広間だともう寝てる人がいるので、うるさくないように荷物を外に出して支度すると良いです。

風呂に入って22:00就寝。

 

3/28(日)5:30起床。歯磨いておにぎり2つ食べて、レースのザック荷物確認とその他荷物を整理。6:30にモリトピア愛知ー三河槙原駅でストレッチ&ジョギング。三河槙原駅のトイレ空いてたので用を足す。会場は混むけどここなら落ち着いて用を足せるw

6:45  64Kが7:00スタートなので見物。TJAR選手の石田さん、福山さんを発見。エントリーリストには阪田さん、江口さんの名前もあったが見つけられず。司会に望月さん登場。テレビで見た顔が目の前にあってテンション上がる。スカイラン覇者の上田瑠偉選手は列の先頭に。バランスの取れた体つきでアスリートのオーラがすごい。カッコ良かった。

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さて1時間後に私の出場する32Kが始まる。昨日コンビニで買ったミニアンパン3つ食べて、トイレ行って、も一回装備確認。必携装備の中に雨具とあるが、レインパンツも含まれてるのか気になった。念のため持っていったけど必要ない感じやった。そもそも持ち物チェックなかった。(だからといって必携装備持たないとかなしですが。)レースに必要ない荷物は運営さんに預かってもらえる。

7:30 ゲート前に並ぶ。この時間に並んで全体の1/3くらいに位置取れる。割り込み奴がいるので(腹立つ💢)タイム狙いたい方はなるべく前にいた方が良いです。

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8:00 32Kスタート。先頭集団はキロ3:50くらいで突っ込んでいく。私は4:15くらいで。1.5キロ先の登山道まで突っ込まないと渋滞が発生する。半分より後は15分ほど立ち往生すると司会の方が言っていた。なのでしんどくてもここは我慢して突っ込む。登山道に着いた時点で上位30%くらい?かな。渋滞が起きるものの立ち往生は免れた。この渋滞で休憩できるのでありがたい。

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登り始めから九十九折の急登。六甲山の七曲を登ってる感じ。無心で前に付いていって、9:45第一エイドに到着。ここで10km。このペースを保てば5時間15分でゴールできるが、かなり無理したのでペースダウン。宇連山へ向かう。なんかもうずっと急登でほんましんどい。ふくらはぎ既にパンパン。六甲山で例えるなら…いや難しいな。七曲の階段なしver.がずっと続く感じ。

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「はよ帰りて〜」とずっと思いながらなんとか宇連山に到着。時刻は11:30。ここから第二エイドまで、同じアルトラのローンピークはいたお兄さんと一緒に下る。

兄「もういつ攣ってもおかしくないですわ〜w」

私「めっちゃ分かりますw下りとかもうスピード出せないですよ。」

兄「そういやこの辺ていまコース全体のどの辺かな。初めてやから分からなくて。」

私「僕も初めてです〜。宇連山過ぎたからもう2/3くらい走ってるんちゃいますかね?」

↑すいません、後から分かったけど真っ赤な嘘でした。実際は半分くらいです。「全然ゴールつかへんやん。あいつ何適当なこと言うてんねん」って思ったやろなぁ笑 ほんますいません。

第二エイド到着。写真撮るの忘れてて何時に着いたか分からない。さっきのお兄さんと別れる。水補給して出発。で、事件発生。出発してすぐ、大きめの石を飛び越えようと思ったら左内腿が攣る。はりちゅうエンデューロの悪夢が脳裏を掠める。しばらく悶絶してたら続々とランナーがやってくる。

私「邪魔してすんません、攣っちゃって、、」

ラ1「焦らんと落ち着いてー、行ける行ける!」

ラ2「僕もさっき攣ったわー、頑張ろう!」

ラ3「大丈夫ですかー?あ、やば、私も攣ったわ」

これを機に1人、また1人とやってきたランナーが攣り始める。自分が見た中で合計6人が同じ場所で攣るというハプニングw もう笑うしかない。ずっと下ってきて、いきなり石飛び越えようと足上げるから攣るんやろなぁ。でも皆さんが攣ったおかげで悶絶してる間も心が和やかになれたのでよかった。声かけて励ましてくれたランナーさん、一緒に攣ってくれたランナーさんに感謝です。ありがとうございました!笑

その後15分ほど足ほぐしてようやく動けるようになった。攣った瞬間はリタイアも考えたけど、攣りながらも走ってるランナーさん何人もおったし、新城まで来てゴールできないのも情けない話なので、完走だけを目指して歩いた。

下りも上りも走れずで満身創痍。後続にどんどん抜かされてやり切れない。

最終関門あたりで雨が強まる。レインウェア着る。残り5キロあたりで遠くの方から声が聞こえてきて、会場もう近いんかなーと思ったけど、それは残り3キロ地点で応援されてた方の地声だった。声量すごくてめちゃくちゃ元気出ました。雨の中でも応援ほんとに有難いです。

残り2キロ、にも関わらずまだ登る。普通残り2キロは下りだけでしょ…やっぱこのコース鬼です。

15:01 ゴール。タイムは7時間1分。まあ今回は完走できただけでもヨシとしよう!それにしても日本一キツいトレイルレースと謳われるだけのことはある。キツすぎて終始半泣きでした。もう二度と出ん!(フラグ

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ゴールした余韻に浸る暇もなく急いで帰る準備を。16:09三河槙原発の電車に乗らないかん。モリトピア愛知は日帰り入浴やってるからシャワーだけでも、と思っていってみると入場制限の文字。泣。トイレで着替えて、支度をして、新城の山にお別れを告げた。

最後に、コロナ禍の中でも対策をとってレースを開催していただいた運営の皆様方に感謝申し上げます。

 

2021年出場予定レース

3/20,21 六甲縦走キャノンボールラン(レインボー)

3/27 OSJ新城トレイル(32k)

4/25 東神戸マラソン

5/3,4,5 拝啓加藤文太郎兵庫縦断スピードハイク

5/ 六甲5ピークス

5/22 比叡山インターナショナル(50k)

8/6〜15 TJAR観戦 

10/9,10 ハセツネ

10/16,17 六甲縦走キャノンボールラン

11/5,6,7 OSJ香美

11/28 富士山マラソン

12/ シム記念摩耶登山マラソン

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春の数えかた(2021/02/27)

今週は夜勤で、毎日残業をしていた。会社を出るころにはもうすっかり日が昇っていて、寮についてベッドに入っても中々眠れない日々が続いた。昨日に至っては1時間ほどしか眠れず、仕事中はたびたび意識が飛びかけたが、なんとか1週間を終えることができてホッとしている。

今朝は帰った瞬間に爆睡してしまい、目が覚めたのは昼過ぎだった。神戸に帰ること以外は特に予定はなかったが、半日を無駄にしてしまった罪悪感は否めない。外は憎らしいほどいい天気でなおさらそう感じた。寝ぼけながら支度をして寮を発った。

まだまだ風は冷たく肌寒いものの、植物の微かな香りであったり、少し霞みがかった空であったり、そこかしこに春の到来を感じる。私は春を感じられるようになると決まって、はっぴいえんどの『風をあつめて』を聴く。春がすみを連想させるような、細野晴臣のフラットな歌声が耳に心地よい。春のぼんやりとした空気感を閉じ込めたような曲だと思う。

電車の中で寮から持ってきた文庫本を開いた。日高敏隆『春の数えかた』は、動物行動学者である筆者の視点からみた日常生活のエッセイだ。

京都の鴨川にはたくさんのユリカモメたちがいて、夕方4時ごろになると次々に飛び立ち、川面の上空をぐるぐると輪を描きながら、何十羽という鳥の柱ができる。やがてカモメたちは彼らのねぐらの琵琶湖方面へと移動していく。動物行動学的にはこれを「意向運動」と言うらしい。体内時計に刻まれた、眠りたい、休みたいという生理的欲求、すなわち「意向」に準じて彼らは行動するのだ。

それは動物としては極めて当たり前のことのように思えるが、食べたいけど体重を減らすために食事を断ち、眠たいけどゲームをするために睡眠時間を削り、休みたいけどノルマに達するために夜間も働く“ヒト”には当てはまらないようである。

阪神芦屋駅で下車した。時刻は16時でユリカモメたちは家路に着く時間であるが、私は休日を無駄にしたくないので山へと向かう。ここにも意向運動に反したヒトがいる。

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夕方からでも山に入れるのは、六甲山麓の住人の特権である。私は駅から芦屋川を北上して、芦屋ロックガーデンへと向かった。途中、阪急芦屋川駅の近くにある古本屋「風文庫」さんに寄ろうかと思ったが、このごろ本を買いすぎなのでやめておいた。

芦屋ロックガーデンは六甲最高峰へいく1番の人気ルートで、たいていの時間は誰かしらの喋り声や気配がするものだが、夕方の山はしんと静まりかえっていた。途中、ロックガーデンの由来を紹介する木の看板があり、そこには

ただひとりとかげ極めこむ日もありて物音絶えし岩場なりしか

という富田砕花の詩が添えられている。夕方の山は、この詩に限りなく近い世界観を味わえる。

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静まりかえった山を登っていると、いろんな思いが頭を巡る。このときは以前、風文庫さんで買った、大阿久佳乃『のどがかわいた』のことを思い出していた。自分の一つ年下の筆者が書いたとは思えない卓越した表現力で、ティーンエイジの掴み所のない感情を言語化している。筆者お気に入りの詩を紹介する「詩ぃちゃん」は、筆者が高校生のときに発行していたフリーペーパーで、本書にも纏められてある。とても高校生とは思えないほど鋭い洞察力である。

『のどがかわいた』を読んで、改めて書くことの重要性を教えられた。いまこうして山に登っているときの思考や感情は、その瞬間にしかないもので、後から「そういえばあの時は、こんな気持ちだったなぁ」と思い出しても、それは少し脚本がかった別物になるのではないかと思った。

夜勤中は病みそうなくらい気持ちが落ち込むのだが、土日になって山に入ったり自転車に乗ったりすると、その感情はすっかり頭から抜け落ちる。それはそれで精神衛生上いいのだろうが、あのとき落ち込んでいた自分自身を裏切るようで後ろめたくなるのだ。だから今日はこうして感情が新鮮なうちに書き残しておくことにした。

水曜日の夜、下関の知人から「4月に大阪に行くかも」と連絡があった。好きなアーティストのライブを観に行くらしい。彼女が大阪に来ることはたいへん嬉しかったが、その連絡をくれたことがもっと嬉しかった。ほとんど他人のような関係性であるにも関わらず、こうして自分に気遣ってくれる優しさに彼女の人徳がにじみ出ている。

私の周りにいる人たちはみんな優しい。すごく恵まれていると改めて思う。しかし当の私はその優しさに応えられているか、テイクだけでなくちゃんとギブも出来ているか時折不安になるのである。

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