自転車で山、海へ行く

山、海、街、自転車、船、本のこと

夕凪の街(2020/08/09 )

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青春18切符旅2日目。

呉の街にお別れを告げ、広島駅へ向かいます。呉線の車窓から見える瀬戸内海が太陽に照らされキラキラと輝いています。

一昔前の写真はどれも白黒でつい忘れがちなことですが、いつの時代も青い海と空の美しさは変わらないわけで、波のウサギが跳ねる海を軍艦が、サギの渡る空を戦闘機が行き交っていたのです。その光景を実際に見てみたいと思えてしまえることに引け目を感じます。

20分ほど電車に揺られ広島駅に到着。駅を出てまず目に入ったのが、駅のロータリーに所狭しと出入りする路面電車。あぁ広島に来たなぁと実感できる瞬間です。

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この広島電鉄の車両のなかには、全国各地で現役を退いた路面電車たちが今も街中を走っているのです。なんだかそれだけでも胸が熱くなる。そしてその中には元神戸市電の車両もいるんですよ!逢えたらいいなぁと期待しながら目的地へ歩きます。

訪れたのは原爆ドームと平和記念資料館。今日は8月9日で長崎に原爆が投下された日です。平和記念公園ではその式典の準備がされていました。

こうの史代さんの作品を読んで以降、戦争について真剣に考える機会が必要だなと感じていました。まだ自分がこの世に生まれていない、もしくは直接被害に遭っていない悲しい出来事。それらに対してどう向き合えばいいのか。特に私は神戸市出身なので阪神淡路大震災が起こった1月17日は毎年そんな思いに悩まされてきました。その答えを見つけるためでもあります。

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私がもし被爆者だったら、現代に生きる人々に何を望むのか。

日常を奪った戦争の愚かさを知って欲しい。

非人道的な原爆の恐ろしさを知って欲しい。

故郷の姿が変わり果てる虚しさを知って欲しい。

生きたくても生きられなかった広島や長崎の人々のことを知って欲しい。

この世に自分が居たということを知って欲しい。

平和に暮らせることの尊さを知って欲しい。

それらを忘れないで欲しい。

1999年生まれの私にとって戦争は大昔の出来事であり、戦時中の人々の生活や空気感、戦争がもたらした悲しみを全て理解することなど到底不可能なことなのです。でも知ろうとすること。理解できなくてもいいから、知ろうとすることが戦争の犠牲になった方々への、この世界の片隅で必死に生きてきた方々への、せめてもの弔いになるのだと私は思います。

 

平和記念資料館を出た後、広島市のコミュニティサイクル「ぴーすくる」をレンタルし江波を目指します。神戸市のコミュニティサイクル「コベリン」と同じくドコモが提供するサービスで、使われている自転車も同じ車種です。
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江波の地名の由来は“餌場”から来ており、その名の如く魚がよく獲れるので漁業が盛んでした。江戸時代からは海苔と牡蠣の養殖が行われ、『この世界の片隅に』でも海苔の養殖で生計を立てる浦野家の暮らしが描かれています。

江波線と並走しながら南下していきます。路面電車の走る道は必然的に道幅が広くなるので走りやすいです。そして何より建物の密度が低くなるので空がよく見えて解放感があり、走っていてとても気持ちが良いのです。以前から路面電車の走る街並みが好きでしたが、その理由がようやくわかりました。神戸も昔のように路面電車を走らせて欲しいものですね。

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江波山トンネルを抜けると、、
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海に出てきました。ここがすずさんが居た頃の海岸線にあたるのかなと帰ってから調べてみると、どうやらそれ以降に埋立られた土地のようです。
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江波山公園にやってきました。すずさんがウサギの跳ねる海を描いた場所です。上の画像の通り当時は江波山のすぐ下は海でしたが、今では埋立地に住宅が並んでいます。
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江波山公園の東側には「江波山気象館」という建物が建っています。1934年に竣工されたということで当然ながら被爆しています。しかし爆心地からは少し離れていたこともあり今もこうして現存しています。爆風で曲がった窓枠やガラスの破片が突き刺さった壁に原爆の痕跡があるそうですが訪れた時は分かりませんでした。
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本館は気象科学博物館として楽しめますが、何より気に入ったのが屋上から見渡せる広島の街並みの風景です。広島の地形は典型的な三角州で、太田川デルタあるいは広島デルタとも呼ばれています。しかしこうして高い場所から見渡すと山が近く扇状地のような地形にもなっています。景観の美しさを決める要因は様々ありますが、広島の美しさは綺麗な扇形をしているところ。これは海側からの風景ですが、山側から見ると恐らく綺麗な扇形の街並みが見渡せるはずです。 

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昼ごろになりお腹が空いたので舟入南にある「楽屋(がくや)」さんでお好み焼きを食べました。目の前の鉄板でジュウジュウと焼かれ、食べる前から美味しい。というかでかい。広島のお好み焼きってこれぐらいの大きさがデフォルトなんでしょうか。関西のお好み焼きの1.5倍くらいありそうです笑 そばのコシがしっかりしていて食べ応えがあります。美味しかった!

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江波から広島駅へ戻る途中、あまり見かけないカラーリングの路面電車を見つけました。調べてみると元京都市電のようです。オレンジ色のラインがアクセントになっていて個人的に好きなデザインです。残念ながら神戸市電は見つけられませんでした。
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ここは『夕凪の街 桜の国』の舞台にもなった基町です。

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夕凪の街 桜の国』には、原爆投下後に生き残ったものの、原爆の後遺症や生き残ってしまったことへの負い目に苦悩する被爆者の姿、さらには後世にも続く被爆者への偏見などがリアルに描かれています。

あの日から10年後、平穏な日常を過ごす中で不意によぎるあの日の光景。愛を告白してくれたその人の背後に流れる川には、無数の遺体で埋め尽くされていたことを思い出し「お前の住む世界はそっちではない」と誰かが言う。

あの日、遺体を平気で踏みつけるような人間になってしまった自分が生きていても良いのか。告白してくれたその人と幸せになっても良いのか。自問自答しつつも前向きに自分が生き残った意味を見出そうとする最中、密かに忍び寄る原爆症の暗い影。

 

嬉しい?十年経ったけど、原爆を落とした人はわたしを見て「やった!またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?

 

戦争と原爆がもたらした悲しみはどこまでも残酷です。二度と同じような惨劇が起こらないためにも風化させてはならないのです。何度夕凪が終わっても終わらせてはいけないのです。

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