六月初めの常念乗越
残雪に輝く槍・穂高の稜線
標高三千メートル
豊かなカールの雪をめぐらす
中岳支稜に浮かぶ
あでやかな
残雪の造型
右手にかざす扇に
岳の夏を呼び
たゆとう袂に
稜線の春を送る
あわただしく移りゆく
季節の谷間に
ひそやかに
浮かび
舞い
消えていく
束の間の命
中岳の舞姫
季節の使者
六月の常念乗越
魅惑のショー
田淵行男『山の季節』残雪の幻想 常念乗越より
田淵行男との出会いは、去年の常念山脈縦走の帰りに立ち寄った上高地ビジターセンターだった。自分へのお土産に買った『山に向かう心』という冊子のなかに、田淵行男の詩が一遍、掲載されていたのである。その詩をいたく気に入った私は、山行から帰ると三宮のジュンク堂で田淵行男のエッセイ『黄色いテント』を買った。彼の透徹した文章からは山と自然への愛情がひしひしと伝わってき、自らの山に向かう心の持ちようを振り返るきっかけともなった。
今年の7月初旬、夏山シーズン初めに、私は再び常念山脈を訪れた。槍・穂高連峰にまだまだ残雪が見られ心を躍らせた。あいにく雪解けがすすみ“中岳の舞姫”は姿を消していたが、その名残を見られただけでも満足のいく山行だった。
大天荘のテン場で知り合った松本在住の方に、翌日下山してから安曇野を案内してもらった。わさび農場に滔々と流れる伏流水。かつて田淵行男が愛した安曇野のありのままの自然は消えてしまったが、アルプスからもたらされる水は今でも安曇野の土地をうるわしている。さしずめ中央の舞姫の雫といったところだろうか。