自転車で山、海へ行く

山、海、街、自転車、船、本のこと

中央アルプス縦走②(2020/09/20,21)

6:30 コガラ登山口出発

まず目指す木曽駒ヶ岳は、伊那や駒ヶ根側から登るのが一般的だが、TJARでは木曽側の福島Bコースを登る。山頂までの標高差は約1600m、距離は7.5kmほどなので、なかなかの急登と言える。

f:id:massto0421:20201225205919j:image

序盤はなだらかな林道を進むため、足ならしに丁度良い。前方をテンらしき小型動物が横切っていった。30分ほど歩いて佐幸川を渡れば、いよいよ本格的な登りが始まる。

f:id:massto0421:20201225205659j:image

中央アルプスと言えど、その麓は関西の低山と大して変わらず、ひたすら樹林帯の中を黙々と登っていく。六甲山で例えるなら延々と雨ヶ峠の登りが続くような感じである。この鬱蒼とした辺りの様子からしてクラシックルートと呼ばれるのも頷ける。
f:id:massto0421:20201225205617j:imagef:id:massto0421:20201225205835j:image

4.5合には水場があるのだが、他の方も書かれてるように水量は少ないため余り当てにしない方が賢明だろう。この日もチョロチョロと申し訳程度にしか水は出ていなかった。
f:id:massto0421:20201225205800j:image
途中小雨が降り出したが30分もしないうちに止んだ。しかし高度が上がるにつれて少し風が吹き始め、アルプスの山中に居ることを再認識した。
f:id:massto0421:20201225205636j:image

ようやく退屈な樹林帯を抜けると7合目の避難小屋が見え、また後ろを振り向けば御嶽山を含む周りの山々が望めた。ここまで全く人と会わなかったが、避難小屋には管理人と見られる方が小屋のメンテナンスをしており挨拶を交わした。ひっそりとした山中では人と会うだけでもかなり安心感が得られる。
f:id:massto0421:20201225205929j:image
f:id:massto0421:20201225205735j:image
巨石がごろごろと転がっておりその上をジャンプしながら進んでいく。徐々に登山道の様相はアルプスのそれに変わっていった。
f:id:massto0421:20201225205811j:image
f:id:massto0421:20201225205630j:image
f:id:massto0421:20201225205741j:image
福島Bコース最大の難所は8合目から稜線に出るための、がれ場登りである。今まで経験した山で最も急な斜面だった気がする。改めて写真で見ても角度がえげつない…。

f:id:massto0421:20201227094737j:image
f:id:massto0421:20201225205857j:image

耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶことで、なんとか玉乃窪山荘に到着した。あとは緩やかな稜線を登れば山頂に着く。
f:id:massto0421:20201225205731j:image

10:20 木曽駒ヶ岳に登頂。標準タイム(CT)が6時間50分のところ、3時間50分で登れたのでCT0.6を切ったことになる。予定ではCT0.7で11時に着くつもりだったので少しハイペース気味であるが、この先の岩稜帯で手こずることを考えれば貯金があるに越したことはない。玉乃窪山荘直下のがれ場にやられて若干足が重たいものの、まだまだ余裕はあるので体力面での心配は無さそうだった。
f:id:massto0421:20201225205646j:image

ところで木曽駒ヶ岳の正式名称は“駒ヶ岳”である。南アルプスにも同名の“駒ヶ岳”があり区別するため、中央アルプスの方を木曽駒ヶ岳南アルプスの方を甲斐駒ヶ岳と呼ぶようになったそうだ。

さて肝心の景色だが、ガスってはいないが雲が多くてあまりパッとしない。山頂の周りは平原となっているので高度感が感じられず、3000m近い標高であることが嘘のように思われた。晴れていればまた違った見え方なのだろうが、深田久弥日本百名山とした理由は、頂上に立っても帰ってから本著を読んでも分からなかった。印象に残ったのは、これから向かう宝剣岳の、まさに剣のように鋭く尖った稜線である。「かっこいい…けど今からあそこ行くんか…」私は岩場に苦手意識を持っているので、どうしても先行きに不安が募ってしまう。
f:id:massto0421:20201225205821j:imagef:id:massto0421:20201225205924j:image

剣岳の手前、木曽側の方に目をやると、左右対称に切れ落ちた谷底に川が流れているのが見えた。この川はやがて木曽川の本流へと合流し、紆余曲折を経て太平洋へと流れこむ。
f:id:massto0421:20201225205913j:image

そして岩場登りは始まった。しっかりと鎖が設置されており、足場もしっかり確保できそうで少しほっとした。しかしこれまでの登山道に比べて格段に危険なのは変わらないので、ヘルメットを被り気を引き締める。岩場で危険なのは滑落ももちろんそうだが、それよりも何よりも上からの落石だと思う。落石が起こったら最後、自分に落下してこないように祈るしかない。自分の命を自らコントロール出来ないという点では、ある意味既に死んでいるようなものだ。つまり自分の命は上をいく他人が握っており、また下にいる他人の命は自分が握っているので、落石を起こさないように細心の注意を払わなければならない。
f:id:massto0421:20201225205611j:imagef:id:massto0421:20201225205935j:image

岩場が始まってすぐの直登を上り切ると、次にトラバース区間が現れる。足場はしっかりしているものの右側の崖は切れ落ちおり中々の高度感である。前方を行く同年代ぐらいの女性はジャージ姿にアディダスのスニーカーという格好であったが、まったく臆することなくスイスイと前を行っていた。トラバースを通過し、さらに岩場を登っていく。
f:id:massto0421:20201225205828j:imagef:id:massto0421:20201228102048j:image

11:15 宝剣岳に登頂。山頂と言っても小さら祠があるだけで、本当にここが山頂なのか疑わしかったが周りを見てもそれらしき標識は無かった。山頂直下には絵のように美しい千畳敷カールが扇状に広がっていた。“カール”とは氷河によって削られたお椀型の地形のことを指す。気の遠くなるような年月をかけて形成された自然の成す芸術である。
f:id:massto0421:20201228102217j:imagef:id:massto0421:20201228102223j:image
山頂からの景色を満喫し下山開始。登るよりも下る方が断然、恐怖感が増す。鎖場が数ヵ所あり、3点確保を意識しながら慎重に下る。登り同様、足場は基本的にしっかりしてるので焦らず下れば問題はなかった。今回は昼間で雨や風も無かったが、夜間であったり風雨がある状況だと難易度もかなり変わってくるだろう。また冬山では宝剣岳の滑落事故が絶えず、TJARの完走者でさえも一名滑落し亡くなっている危険区間である。
f:id:massto0421:20201228102157j:imagef:id:massto0421:20201228102325j:imagef:id:massto0421:20201228102128j:imagef:id:massto0421:20201228102234j:imagef:id:massto0421:20201228102244j:imagef:id:massto0421:20201228102205j:imagef:id:massto0421:20201228102043j:imagef:id:massto0421:20201228102301j:image

岩場を下り、ようやく安心して歩けるようになった。やや下り基調のフラットな道のため小走りで駆けた。こういう道がTJAR気分を味わえて一番楽しい。晴れていればもっと気持ちよく走れるのだが天気はあいにくの模様であった。

f:id:massto0421:20201228102146j:imagef:id:massto0421:20201228102210j:imagef:id:massto0421:20201228102318j:image

13:45 檜尾岳に到着。宝剣岳からの下りでやや時間を食ったものの、その後の平坦区間で巻き返すことができた。
f:id:massto0421:20201228102256j:image

今日の宿泊予定は檜尾岳から少し下ったところにある檜尾避難小屋。中央アルプスにはテント場が駒ヶ岳頂上山荘しかないため、木曽駒から駒ヶ根へ縦走するとなると、山荘か避難小屋に泊まるしかない。さらに縦走コースの丁度中間に当たる檜尾岳周辺には山小屋もないため、必然的に避難小屋に泊まるしかない。

f:id:massto0421:20201228102058j:image

しかし中に入って唖然、もうすでに人で満員になっていた。見積もりが甘かった、というより満員になるという想定をしていなかった。不覚である。そのため避難小屋周辺の整地には、避難小屋を当てにしていたものの、あぶれてしまった登山者のテントが数幕張られていた。整地されていると言えどテント場として公認はされていないが、今回のように避難小屋が一杯になった時のためにテントが張れるようにしているようだった。グレーゾーンではあるが戻ることも先へ行くことも、体力と時間の面で不可能であるため、ここで幕営させてもらうことにした。こんなことを言うのは不謹慎であるが正面に空木岳を望めるこのロケーションは最高だった。

f:id:massto0421:20210117160016j:image

シェルターを設営し昼食のラーメンを啜っていると、次第にガスが晴れていき青空が見えるようになった。そしてこの景色である。避難小屋からは駒ヶ根の市街地や、これから登る空木岳、ここまで歩いてきた中央アルプスの稜線などが一望できた。山頂では電波が届くものの、極力スマホのバッテリー消費は抑えたいので機内モードにしておく。他にやることもないのでずっと山頂からの景色を眺めていた。ちっぽけになった人間の生活圏を俯瞰すると、仕事や将来のことで悩んでいたことが全て馬鹿らしくなってくる。山に入ると自分が大自然の一部となり、細やかな心情などがぼやけてくる。それは人々が自然に期待する“癒し”の本質でもあり、結局のところ現実逃避に過ぎないのではないかと、いま振り返って思う。次第に日が沈み始め、山も街も真っ赤な空で覆われていった。
f:id:massto0421:20201228102228j:imagef:id:massto0421:20201228102251j:image
f:id:massto0421:20210117161254j:imagef:id:massto0421:20201228102329j:image
f:id:massto0421:20201228102124j:imagef:id:massto0421:20201228102306j:image
f:id:massto0421:20201228102136j:image

中央アルプス縦走①(2020/09/20,21)

木曽山脈、いわゆる中央アルプスの谷間を縫うように走るJR中央本線の終電には、私を含めて3人しか乗客がおらず、車内にはただただ心地良い列車の走行音が響くだけであった。そのせいかいつの間にか寝入ってしまい、気づけば降りるはずだった原野駅は過ぎていて、一駅先の木曽福島駅まで来てしまった。f:id:massto0421:20201225191704j:image

木曽路はすべて山の中である。

島崎藤村『夜明け前』の有名な書き出しの通り、駅から出ると辺りには中山道の宿場町があるにせよ、その四方八方はすべて山に囲まれていた。私は当初下車する予定だった原野駅まで5kmの道のりを歩くことにした。まだ山行が始まっていないのにこの体たらくでは先が思いやられる。時刻は深夜0時をまわっており、早く落ち着ける場所で眠りにつきたかった。

今回の山行の目的はTJARの中央アルプス区間の試走である。TJARとは、富山県魚津市日本海から静岡県静岡市の太平洋まで、日本アルプスを縦断しながら8日間で走りきる山岳レースである。中央アルプス区間は、

原野ー木曽駒ヶ岳ー宝剣岳空木岳駒ヶ根 

というコース取りで、距離は約40kmほど。TJARの総距離は415kmなので、中央アルプスの山岳区間はその10分の1しか満たさない。数字だけ見れば大したことないが、中央アルプスは全体に渡って岩稜帯が続くため、北アルプス剱岳槍ヶ岳に次いで危険な区間とも言える。

9/19の夕方に大阪駅から高速バスに乗り、みどり湖ICで下車。その後、塩尻駅からJR中央本線の終電に乗って今に至る。原野駅の待合所で寝るつもりだったが、駅の手前に「道の駅 日義木曽駒高原」があったのでそちらで寝ることにした。気温は15度で寒くなく、テントを設営するのも面倒だったので、ベンチにタープを建てた簡易東屋のような所で横になって寝た。f:id:massto0421:20201225191623j:image

ここで今回の装備を少し紹介。基本的には前回の燕岳ビバーク訓練と同じ内容である。クロスオーバードームは専用の袋に入れず、大きめの真空パックに詰め込んだ。畳んで空気を抜いてきつきつの袋に入れる手間がなくなるので、雨の中でも素早く撤収できる。携行食は、いつもなら大量にカロリーメイトを買い込むのだが、今回はオリジナルのトレイルミックスを100均のプラスチックボトルに入れて持って行った。オリジナルと言っても柿ピーとフルグラを入れただけなのだが、これがなかなか美味しい。水を含まない総重量は8.7kgになった。

f:id:massto0421:20201225193115j:imagef:id:massto0421:20201225193121j:imagef:id:massto0421:20201225193111j:image

9/20 4時に起床した。結局寝られたのは3時間だったが、今からTJARのコースを辿れることを考えるだけで気持ちが高揚し、睡眠不足による身体の不調などは全く感じなかった。f:id:massto0421:20201225201222j:image

4:50 原野駅を出発。まだ日は出ておらず空模様はわからなかったが、星が見えないので曇っているのだろう。やはり晴れて欲しかったが秋雨の季節に雨が降らなかっただけでも良かった。原野駅から登山口までは約7kmほどあり、別荘が建ち並ぶ木曽駒高原の道を淡々と上がっていく。f:id:massto0421:20201225201137j:image

1時間半ほど歩きようやく登山口に着いた。水場があったのでボトルの水を入れ替え、トレイルミックスを頬張り準備は万端である。とにかく無事に駒ヶ根にたどり着けることを祈り山行を開始した。f:id:massto0421:20201225201131j:imagef:id:massto0421:20201225201125j:image

伊吹山ナイトハイク(2020/09/13)

私が山にのめり込んだその背景には、幼いころ父に連れられて、六甲山を始め関西圏の山々を登った体験が影響しているのかもしれない。約10年ぶりに父と登山をしてふとそう思った。

父との登山はあまりいい思い出がない。芦屋ロックガーデンの地獄谷の崖を登っている最中、手に棘が刺さってパニックになったことや、吸い込まれそうな濃霧のなか蒜山の鎖場を登らされたことなど、なぜか酷い目にあった記憶ばかりが残っている。いい思い出といえば休憩中に食べたグミが美味しかったとかその程度で、もし父が聞いたら悲しむかもしれない。しかし今なら、父が家族を山に連れて行った理由が少し分かるような気がする。

自然の中に身を置き、苦しみながら山の頂を目指す“登山”という行為から学べることは山ほどある。特に家庭と学校が世界の全てとも言える小学生だったら尚更である。そんなことを父が考えていたかは知らないが、少なくとも達成感を味わってもらいたかったのだと思う。それが分かったのは自主的に山に行くようになった17歳の頃であり、当時の私としては山より団子であった。

父から伊吹山のナイトハイクに誘われたタイミングで、私も伊吹山に登る計画を立てていたので、それなら丁度良いと承諾。正直に言うと山は一人で登りたかったが、たまには親孝行もしとかないとあかんなと社会人になってから思い始めていたので一緒に登ることにした。父は車で伊吹山の麓まで行くそうだが、私は自転車で行くことにした。自転車で山の麓へ行き登山するスタイルが気に入っている。全ての行程を自力でこなすため達成感も段違いに大きい。

9/13(土) 4時に堺の社寮を出発。今回はマドンにトピークのバックローダー15Lを装備。ザックはトレラン用のサロモンAgile12にした。f:id:massto0421:20201116190153j:image

京都までの道のりは前回の京都マラニックと同じコースを辿るだけでいいので、迷うことなくスムーズに走れた。早起きは三文の徳と言うが、早起きの徳は早起きでしか得られないよなぁと、淀川サイクリングロードからご来光を拝んでしみじみ思った。f:id:massto0421:20201116190227j:image

7:30に出町柳駅に到着。駅の近くにある有料駐輪場にマドンを駐めてトレランの装備に変更。3月にリタイアした京都一周トレイルの続きを走りたかったので、この機会に寄り道しようという魂胆である。f:id:massto0421:20201222223402j:image

叡山電車に乗って二ノ瀬駅へ向かう。が…先日の台風の影響で線路に土砂が流入しているらしく、一駅手前の市原駅で下車。二ノ瀬駅までは2kmほどしかないので問題なく市原駅からスタートした。f:id:massto0421:20201116190130j:image

二ノ瀬駅からトレイルへと入る。6月に周辺の山で熊が出没したらしく、注意喚起の張り紙がされていた。こんな人里近くにも熊が出るのね…f:id:massto0421:20201116190052j:image

京都一周トレイルのコースは一昨年の台風の影響をもろに受けていて、未だに倒木だらけの道も多い。地元の方々がコース整備に取り組まれているそうだが、元通りになるにはもう少し時間がかかりそうだ。f:id:massto0421:20201116190033j:imagef:id:massto0421:20201222221925j:image

夜泣峠に着いた。前回は日が落ちて真っ暗な中、この峠を登っていたが通行止めによりリタイアした。まさに字の如く夜泣峠である。f:id:massto0421:20201116190022j:image

まだまだ残暑が厳しく汗が止まらない。夏の低山はそれはそれは辛いもので、このような樹林帯が多い場所だと風が通らないため汗がまったく蒸発しない。汗が蒸発しないということは、肌の表面に汗がとどまり続けるので、発汗できず熱が体内に篭ってしまう。まさしくその状態に陥りスピードがなかなか出ない。おまけに景色も単調で気分が上がらず、結局30km近く走る予定だったが12km地点で街中へエスケープした。f:id:massto0421:20201103211157j:image

今出川なか卯で腹ごしらえをした。なか卯は数ある牛丼チェーン店の中で最も推しの牛丼店である。その一番の理由はカウンターに座って出されるお茶にある。なか卯のお茶は恐らく粉末を溶かすタイプの緑茶なのだが、不思議となか卯のお茶はとても美味しく感じる。そしてまた牛丼との相性が抜群で、少し濃ゆい味付けの牛丼を食べた後に、キンキンに冷えたお茶を飲むのが最高なのである。

至極どうでもよい“なか卯談義”へと脱線してしまったが話は戻る。出町柳まで歩いたら、再びマドンにまたがり伊吹山のある彦根市を目指す。少しでも楽をしたいので坂道の少ない京阪電車沿いの道を走って琵琶湖へ抜けることにした。

上栄町駅」と「びわ湖浜大津駅」間で京阪電車が街中を悠々と突っ切っていく光景は圧巻で、何より京阪電車と並走して坂道を下るのが楽しすぎた。f:id:massto0421:20201222224048j:image

自転車で滋賀県に来るのは初めてである。琵琶湖を間近で見るのも初めてかもしれない。眼前に広がる琵琶湖はやはり大きくて、滋賀県民が心の拠り所にする所以もわかるような気がした。コロンブスが琵琶湖を見たら恐らく「ここが黄海だ!」と自慢げに声明していただろう。しかし私は眼前の琵琶湖よりも、対岸にそびえる比叡山の稜線に目を奪われていた。

これより君は行く雲と
ともに都を立ちいでて
懷へば琵琶の湖の
岸の光にまよふとき
東胆吹の山高く
西には比叡比良の峯
日は行き通ふ山々の
深きながめをふしあふぎ
いかにすぐれし想ひをか
沈める波に湛ふらむ

深田久弥の『日本百名山』では伊吹山に登った著者が、島崎藤村『晩春の別離』という詩を紹介している。まさにその詩にぴたりと重なる風景である。f:id:massto0421:20201222224204j:imagef:id:massto0421:20201224120230j:image

追い風も味方し、近江大橋から彦根までの平坦部は気持ちよく巡行できた。あっという間に彦根に入り、父と待ち合わせをしていた「極楽湯 彦根店」に予定よりも1時間早く到着した。f:id:massto0421:20201224214325j:imagef:id:massto0421:20201222224123j:image

しばらく温泉に浸かったり晩ごはんを食べて休憩。仮眠もしたかったが、週末ということもあり家族連れが多く騒がしかったため出来なかった。f:id:massto0421:20201222224109j:image

23時ごろに父の車にマドンを詰め込んで伊吹山登山口へ出発。極楽湯から30分ほどで到着した。気温は15℃で寒くも暑くもない丁度良い気温だが、登り始めると暑くなることは分かっていたので半袖半ズボンに着替える。ナイトハイクが人気な山だけに、自分達以外にもちらほら登山やトレランのグループがいたので少し安心した。

12:10に伊吹山登山口を出発。序盤は森の中を登っていくがすぐに視界が開ける。スキー場としても有名な山なので、その山容もいかにもといった感じですすき野が広がっていた。と言ってもヘッドライトの明かりでしか見られないので合ってるかは怪しい。視界が開けた登山は私的には好みなので、いい気分で登れた。まだ1合目を過ぎた地点であるにも関わらず、下界の方を見るとチカチカと街の灯りが煌めいており、頂上からの美しい夜景を期待させた。f:id:massto0421:20201222224104j:image

しかし前を行く父の様子がどうもおかしい。ペースがかなり落ちて息も荒く辛そうだった。聞くと右足のふくらはぎが痛むらしい。まだまだ序盤なので歩いているうちにマシになるかもしれないということで様子をみていたが、2合目に差し掛かっても痛みは増すばかりである。このままでは、たとえ山頂に着いたとしても安全に下れるかは微妙なので下山することにした。小さいころは父のペースに付いていくことが大変だっただけに、あれから随分と時間が経ったことを感じてしまい少し寂しい気もした。と同時にやはり私が登山に夢中になったその根底には、小さい頃の父との登山が深層心理のように影響しているのだと思った。f:id:massto0421:20201222224053j:image

私はまだまだ体力を持て余しており、ここまで来て山頂を踏めないのは嫌なので、父の下山に同行してから今度は一人で山頂を目指した。2時ごろに再出発。遅くても4時間あれば往復はできると見積もれるので、父には申し訳ないが車の中で待っててもらった。5合目あたりから霧が出始め、登るにつれて段々と濃くなっていった。時折、霧の中に小さな発光体が動いて不思議に思っていたが、それはシカの眼光だった。相変わらずシカの甲高い鳴き声には慣れず、登山道の脇でシカが鳴くたびにビクッと驚いた。f:id:massto0421:20201222224128j:image

8合目からは濃霧に加え雨が降り始めた。視界はほぼゼロでヘッドライトを照らしても5mも見えない。さらに登山道は険しくなり、アルプスのようながれ場が目立ち始めた。ルートファインディングが難しく、何度か立ち止まっては辺りを見渡し正しいルートを見つけることを繰り返した。そうこうしているうちに、登山口から約2時間で伊吹山に登頂。山頂からの景色は皆無で360度見渡す限り霧であった。景色の見えない山頂ほど面白くないものはない。風は激しく、気温も10℃近くまで下がっていたので寒さを感じ、早々に下山することにした。f:id:massto0421:20201222224140j:image

雨はかなり本降りになっていた。ザックから折り畳み傘を出して足速に下っていく。登山に傘ってどうなん?と気になるかもしれないが、私は割と気に入っている。そもそもレインウェアがあまり好きでないので結果的に傘を持ち歩くようになった。冬場はまだしも、行動すると汗ばむような気温でレインウェアを着るのは不快なので、よっぽどでない限り着用しない。その代わりの傘である。服装は気温に合わせたまま行動できるのが良い。下山した後も使えるしね。雨の日の通勤ランでも傘を持って走っている。f:id:massto0421:20201222224151j:image

3合目まで下ってようやく霧から脱出できた。ここから見える夜景も充分に綺麗なのだが、やはり晴れた日に山頂から見たかったな。f:id:massto0421:20201222224058j:image

再出発してから3時間半で下山した。次は冬、雪に覆われた伊吹山にトライしてみたい。父とのナイトハイクもまたリベンジしないとね。f:id:massto0421:20201222224119j:imagef:id:massto0421:20201224214236j:image

京都ナイトマラニック(2020/08/29)

仕事の疲れでダラダラしてしまった土曜日の昼時。このままでは折角の休みを無駄にしてしまう。そう考えた私は思いついたのです。

そうだ、京都行こう。

20:00に堺の社寮を出発。8月も終わるというのに気温は相変わらず30度前後の熱帯夜で汗が滝のように流れる。小学生の頃の記憶ではもう秋の気配を感じられる時期なのですが、温暖化のせいか夏が長くなったように思います。ただ日中に比べ日差しがないだけでも、かなり走りやすい。府道30号線をキロ5:30のペースで北上していきます。

夜の天王寺の雰囲気は独特で、高層ビルが建ち並ぶ摩天楼の下を、昭和からタイムスリップしてきたかのように路面電車が走っています。f:id:massto0421:20201105120648j:image

淀川に差し掛かる手前、心が折れそうになる標識を発見。約30km走ってから目に入る、京都まで42kmという数字。今からフルマラソン走るのか…こちとら結構足にきてるんですわ。f:id:massto0421:20201105120643j:image

大阪市街地を抜けて淀川遡上パートに移ります。真っ暗で足元が見えないのでヘッドライトを装備。延々と川沿いを走ってると気が狂いそうになるのでザックのショルダーポケットに入れてるスマホで音楽を流しながら進みます。

サントリー天然水のCMで宇多田ヒカルが出演している登山シリーズ。あの最新版で流れている「誰にも言わない」という曲がお気に入りです。

“One way street 照らす月と歩いた 好きな歌 口ずさみながら”f:id:massto0421:20201105120538j:image

長い長い淀川遡上パートをようやく抜けて高槻市まで来ました。この辺りで足の疲労がピークを迎え、時々歩きながら進む。20kmぶりにコンビニを見つけたので休憩し、プロテイン入りのウイダーを補給。京都まで走れるか少し不安です。f:id:massto0421:20201105120702j:image

いよいよこのナイトランも大詰め。国道171号線に合流すれば京都はもう目の前です。55km地点で足が少し軽くなったように感じキロ5分半のペースに復活。深夜テンションも相まってランナーズハイに。しかしそれも長くは続きません笑 7kmほど走ったところで、またもや足が重くなります。とにかく“止まらない・歩かない”を意識して地道に小走りを継続させます。f:id:massto0421:20201105120600j:image
やっと京都府に突入。数時間前まで走っていた淀川は、いつの間にか鴨川になっていて嬉しくなります。足は重たくなる一方ですが完走を確信しました。f:id:massto0421:20201105120636j:image

そんなこんなで夜明けと共に京都駅到着。約9時間半の夜遊びを楽しめました。f:id:massto0421:20201105120631j:imagef:id:massto0421:20201116180437j:image
京都に着いてから楽しみにしてたのが朝風呂。京都駅周辺で銭湯を探していたところ、高瀬川沿いの木屋町通に「サウナの梅湯」という銭湯があり、休日は朝の6時から営業しているようなので行ってみることに。f:id:massto0421:20201105120549j:image

外観に味がありすぎるぞサウナの梅湯。でも求めていたのはまさしくこういうの。開店と同時にチラホラと常連さんであろう方が入っていきます。シャワーなどの設備は決して新しいものではなく、むしろ時代遅れに感じるところもありました。しかしそれがこの銭湯の売りでもあるのだと思います。浴場の壁には番台さんの手書き新聞が貼られていて、それを読みながら熱いお湯に浸かる最高のひとときを過ごせました。

木屋町通の住民は打ち水をして暑さに備え、鴨川の河川敷ではランニングやウォーキングで汗を流す人々、先斗町は夜の気配を少しだけ残したまま眠り、錦市場の商人たちは忙しそうに開店準備を。早朝に散歩するとその街の生活を感じられて、飾らない本来の街の姿を見ることができる気がします。f:id:massto0421:20201105120544j:imagef:id:massto0421:20201105120554j:imagef:id:massto0421:20201105120532j:imagef:id:massto0421:20201105120607j:image

つくはら湖ライド(2020/08/22)

就職してから週末のほとんどを山、自転車、ランのどれかに費やしてて、もはやそれが健全なのかどうかも疑わしいこの頃。それ以外の週末の過ごし方を完全に忘れてしまってて、少し不安になる。

ほぼ毎週末、何かしらしてるのでブログの投稿が追いつかない。11月にもなってなぜ未だに8月のことを書いているのだろうか。温度差がすごい。この日なぜつくはら湖に行こうと思ったのかも記憶が飛んでいる。つくはら湖に新しく設置されたBE KOBEのモニュメントを見に行く為だったかしら。

とにかく早起きして堺を出発。堺から神戸に帰る最短ルートも大分覚えてきました。

メリケンパークのBE KOBEはいまや定番のフォトスポットとして定着しましたが、個人的にお勧めしたいのが海洋博物館の側にある「PORT OF KOBE」と書かれたコンテナ。絶対にこっちの方が神戸っぽいでしょ。かつてはコンテナ取扱量で世界2位にもなった神戸港ですが、今は50位台まで転落してしまいました。その間にいろいろありましたからね。一番大きかったのは震災の影響でしょう。盛者必衰の言葉が虚しくメリケンパークにこだまします。

f:id:massto0421:20201107055409j:image

暑いよ…。須磨で高専時代の友人と合流。この友人も私と同様に元自転車競技部員で、今となっては腐れ縁のような関係になっています。

そうそう、記事を書いてるうちに思い出しました。この友人に、余って使わなくなった青春18切符を買い取ってもらうために来たのでした。鉄道オタクの彼は、社会人になってからも有休を巧みに利用して、連休の度にあちこち電車旅しているのです。「すずめ旅行社 旅のあしあと」将来の夢は牧場を経営することだそうで応援してあげてください笑

こちらは「旧和田岬灯台」。鉄骨灯台として現存する日本最古の灯台です。元々は和田岬にありましたが現役を退いてから須磨海岸に移設されました。松の木とは対照的な赤色がいいですね。
f:id:massto0421:20201107055359j:image

相変わらず舞子周辺は風光明媚で暑さも忘れる。この非日常な空気感が好きで、ロードバイクに乗り始めた頃はよく、東灘の実家と明石海峡大橋を往復していました。中学生の頃はせいぜい半径10km圏内が世界の全てで、同じ神戸市内と言えど三宮より西は異国の地のようでした。それがロードバイクに乗るようになってから、私の中の世界は瞬く間に広がったのです。山が好きになったのも、神戸が好きになったのも、その他の趣味も、全ては自転車が源流にあります。だから私にとって自転車は特別で、いくら登山やマラソンや他の趣味にのめり込もうが、ナンバーワンは自転車なのです。
f:id:massto0421:20201107055340j:image

ここ舞子公園はGoogle発祥の地です。明石海峡大橋の袂には、誰もが一度は見たことのあるGoogle Chromeを型どったモニュメントがあります。Googleの共同創業者である、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏が出会ったのが舞子公園で、世界のGoogleはここから大海原へと羽ばたいていったのです。ふぅ…詳しくは「夢レンズ 牛尾啓三」でググってみて下さい。
f:id:massto0421:20201107055336j:image

ラ・ムー 大蔵海岸店はこの辺まで来たら絶対に寄って欲しいスポット。ラ・ムーの全店舗(たぶん)には「PAKU PAKUパーク」という露店が併設されていて、6個入りのたこ焼きが100円という、かなりぶっ壊れた価格で販売されています。しかも出来立てなのでアツアツ。すぐ側から明石海峡が見渡せるので、海を眺めながらたこ焼きを食べるのが最高なのです。今回は夏限定のカキ氷が販売されてたのでそちらにしました。これも100円。アイスクリームが乗っかっていて普通のカキ氷よりもお得感がある。うめぇ〜。
f:id:massto0421:20201107055329j:image

明石についてから明石焼きを食べました。食ってばっかりじゃねえか。
f:id:massto0421:20201107055417j:image

友人とは明石で解散して、私はそのまま明石川沿いに北上し、つくはら湖を目指します。真夏の昼時の陽射しは殺人的で、まるでサウナの中でエアロバイクを漕いでるよう。何度もボトルの水を頭にかけて坂道を登ります。押部谷からつくはら湖へ登るルートは自転車競技部の練習でも何回か走ったことがあり懐かしい。
f:id:massto0421:20201107055405j:image

暑さと格闘しながら到着。神戸市と三木市の境界にあるつくはら湖は神戸市民にとっては馴染みが薄く、なかなか週末に遊びに行こうとはならないと思います。そんな辺境の地に新しく設置されたBE KOBEモニュメント。周りの自然との調和をとるためか木製である。これを見るためだけに訪れる価値があるのかと問われると返答に困ります笑 

もちろんつくはら湖周辺の自然は素晴らしいし、湖畔をサイクリングやドライブするのはすごく気持ちがいい。湖の水量を調節している呑吐ダムを見学するのも面白いです。日本最古の古民家(諸説あり)とされる箱木千年家を訪れて、この土地の原風景に想いを馳せるのもいいだろう。だからこそ、そういう元々あるもので人を呼び込めないのだろうかとも思う訳です。BE KOBEがいくら人気であろうと、あっちもこっちも設置してはその価値も薄まるだろうし、なんか違うよなぁという感じ。根本的な集客の改善になっていない、ということだけは言い切れます。f:id:massto0421:20201107113910j:imagef:id:massto0421:20201107055345j:image

そんなモヤモヤした気持ちも件の殺人的な陽射しで蒸発していき「暑いねん勘弁してくれ」と太陽に悪態をつきながら帰路に着くのでした。f:id:massto0421:20200831231410j:image

真夏の六甲全山縦走(2020/08/15)

真夏の暑さを克服するべく六甲全縦へ。例の大会もお盆の時期に開催されるので、暑さには慣れておく必要がある。六甲山は低山なので、暑さの中の山行に慣れるという目的としてはぴったりです。本音を言うとこんなくそ暑い時期の、しかも日中に全縦なんてしたくないんですけどね…アルプス行きたい。

あと最近、疑問に思うことがあって、六甲山に行く頻度が神戸にいた頃よりも明らかに増えてるんですよね笑 本当に謎です。

5:50 宝塚駅f:id:massto0421:20201107060239j:imagef:id:massto0421:20201107060224j:imagef:id:massto0421:20201107060215j:image

7:45 六甲山一軒茶屋f:id:massto0421:20201107060229j:image

8:15 六甲ガーデンテラスf:id:massto0421:20201107060219j:image

9:10 摩耶山f:id:massto0421:20201107060244j:image

10:00 市ケ原f:id:massto0421:20201107060154j:image

11:20 菊水山f:id:massto0421:20201107060159j:image

14:20 馬の背f:id:massto0421:20201107060205j:image

15:40 旗振山f:id:massto0421:20201107060211j:image

15:57 須磨浦公園f:id:massto0421:20201107060234j:image

f:id:massto0421:20200831231308j:image

日中の最高気温は35度。休憩をかなり増やした、というより増やさざるを得なかったので10時間もかかってしまいました。水は馬鹿みたいに飲んだので熱中症の兆候は見られませんでした。やはりこうも暑いとパフォーマンスがかなり落ちますが、仕方ないと割り切るのが正解かもしれないですね。山で倒れるわけにはいかないので、真夏の山行はそれも加味したゆとりのあるコースタイムの設定が求められると思います。

UW1 下関の思い出(2020/08/10)

f:id:massto0421:20201104222641j:image

朝目を覚ますと知らない天井があって、「ここどこ…」と起き抜けの頭で3秒ほど思考を巡らし、旅行していることを思い出すあの一連の流れが好きです。

昨日は昼過ぎに広島駅を出発しさらに西へ。やってきたのは本州最西端の街、下関です。

f:id:massto0421:20201104071647j:image

下関を訪れるのはこれで3度目。1度目は一昨年にインターンシップで1週間ほど滞在し、2度目は以前ブログにも書いた秋吉台へ行ったとき「秋吉台リハビリトレイル(2020/07/11) - 自転車で山、海へ行く」(このときは10日間滞在)、そして今回が3度目になります。神戸と堺以外で滞在歴が最も長いのは下関で、そのせいか“訪れた”というよりも“帰ってきた”という感覚の方が強いです。ただいまと言えばおかえりと返してくれそうなこの街が私はすごく好きなのです。

初めて下関を訪れた時のこと。駅を出るとほのかな潮の香り。鮮やかなコバルトブルーをした海と、やけに広く感じられる空が印象的でした。激しく潮が流れる関門海峡を大小の船舶が忙しなく行き交っていて、その様子をぼんやり眺めていると、海をまたいで世界が繋がっているということに改めて気付かされたりもします。唐戸市場は新鮮な水産物を求める人々で活気立ち、この街が海を中心に回っていることをどこに居ても実感しました。

f:id:massto0421:20201104190811j:imagef:id:massto0421:20201104191007j:image

19時ごろ下関駅に着き、夜の海辺を歩いて今夜宿泊するゲストハウス「uzuhouse」へと向かいます。唐戸にあるuzuhouseは5階建ての雑居ビルで、1階は受付、2階はカフェ、3,4,5階が宿泊施設になっています。実は一昨年もuzuhouseに訪れており、その時は宿泊ではなく電動アシスト自転車をレンタルして、半日ほど下関と門司を観光していました。いつかロードバイクでも関門海峡付近をサイクリングしてみたいものです。

f:id:massto0421:20201104191935j:image

チェックインを済ませてベッドに入り眠りにつきます。前日は呉のネットカフェで寝たため、柔らかい布団がとても快適でぐっすり眠れました。

朝になり知らない天井に戸惑いながらも少しづつ意識を戻していく。uzuhouseに泊まる上で最も楽しみにしていたのが屋上テラスからの関門海峡の景色。昨晩寝る前に屋上へ出てみたのですが真っ暗で何も見えませんでした笑 朝ならきっと海が綺麗に見えるだろうと期待を膨らませて屋上へ向かいます。

f:id:massto0421:20201104200507j:imagef:id:massto0421:20201104191918j:imagef:id:massto0421:20201104191939j:imagef:id:massto0421:20201104191913j:image

・・・期待以上の絶景を前にしばし言葉を失いました。こんなにも朝らしい朝は初めてです。下関にきて良かった、ありがとう。

朝ごはんは2階のカフェでチーズケーキと夏みかんジュースを注文。GoToトラベルの地域共通クーポンを使わしてもらいました。甘いものを食べるといつでも幸せな気持ちに満たされる。

f:id:massto0421:20201104204911j:image

uzuhouseを出てから、この旅最後の目的を果たし下関を後にします。ものすごく個人的な用事なのでここでは割愛させていただきます笑

阪九フェリーで新門司港から泉大津港へと帰ります。いい旅だった。呉の街に、広島の街に、下関の街に、UW1。

f:id:massto0421:20201104204900j:imagef:id:massto0421:20201104204850j:imagef:id:massto0421:20201104204921j:imagef:id:massto0421:20201104204855j:imagef:id:massto0421:20201104204906j:imagef:id:massto0421:20201104204844j:image

 

わたし的 関門海峡おすすめスポット

  • 火の山公園

火の山公園からは関門海峡が一望できます。船が行き交う様子をタイムラプスで撮ると面白いよ。私は2回訪れましたが2回とも雨でした。折りたたみ傘が必携です。f:id:massto0421:20201104213117j:image

  • わかさ食堂

下関駅から電車で約20分の小月駅。そこから歩いて1分もかからない所にある「わかさ食堂」は地元民に愛される町のご飯屋さん。ホルモンライスが絶品で、地球最後の日に食べたい料理の選択肢の一つに入る。ほんまに。f:id:massto0421:20201104213406j:image

  • KANMON U.W.

大丸下関店6Fにあるお店。北前船をコンセプトにしており、下関と北九州はもちろん、北前船が寄港した全国各地の特産品を取り扱っています。こちらで販売してる“UW”(国際信号旗において、安全な航海を祈るという意味)のロゴ入りTシャツが船好きにはたまらないです。売り場の一角にはTeam UKYOのチームバイクが置かれてました。f:id:massto0421:20201104213603j:image

  • uzuhouse

本編にも出てきたカフェ兼ゲストハウス。レンタサイクルもされてます。1日800円(1時間200円)f:id:massto0421:20201104213729j:image

本州と九州をつなぐ海底トンネル。地元民のランニングやウォーキングの定番コースになっているようです。神戸市民ならお馴染みの国道2号線でもあります。f:id:massto0421:20201104213831j:image

出張中、仕事帰りにみんなで「千と千尋の神隠し」を観に行きました。貸切でした。

海鮮丼がめちゃくちゃでかい。鯨の唐揚げが美味しかった!f:id:massto0421:20201104214013j:image

  • 下関漁港閘門

おすすめとは言いながらも、行っても面白くはないと思います笑 一部の極少数派には楽しめるかも。ちなみに私は面白くなかったです。f:id:massto0421:20201104214226j:image

  • 旧下関英国領事館

タブレットで建物の外観や下関の街の変還などがCGグラフィックで見れます。ピーターラビットのショップがあります。f:id:massto0421:20201104214828j:image

  • 下関導灯

ブラタモリでも登場した下関導灯。狭い海峡を安全に航行できるように365日24時間灯り続ける働き者。f:id:massto0421:20201104214954j:image

JR九州の起点駅。バナナの叩き売り発祥の地です。お土産にバナナようかんを買って帰りましたが、なかなか好評でした。重要文化財に登録されている駅舎は一見の価値あり。f:id:massto0421:20201104215202j:image

門司港発のフェリーで帰る前に必ず立ち寄ります。構内アナウンスと人の雑踏を聴きながら食べる博多ラーメンの旨さたるや。素ラーメン400円。f:id:massto0421:20201104215240j:image

日清戦争終結させるべく清国から来日した全権大使 李鴻章の名にちなんだ小径。建物や木々の隙間から時折海が見えるのがいい、すごくいい。f:id:massto0421:20201104224456j:image