自転車で山、海へ行く

山、海、街、自転車、船、本のこと

テンションの上がらねえこと(2022/12/09)

テンションの上がらねえことに…パワー使ってる場合じゃねえ…!

講談社の人気漫画『宇宙兄弟』にて、帰還船のパラシュート展開システムエンジニアの、ピコ・ノートンという人物が登場します。冒頭のセリフは、親友の死に直面した若き日のピコが、人生の短さを悟り言い放ったセリフです。小学校6年生の頃から今に至るまで読み続けている『宇宙兄弟』には数多くの名言がありますが、なかでも一際アツいこのセリフが好きで、ことあるごとに頭の中で反芻し自らを鼓舞するときがあります。

社会人になった今では、このセリフを思い出すのと同時に“テンションの上がらねえこと”の重要さも感じます。スポーツ選手、ノーベル賞受賞者、お笑い芸人、何かの分野で大成を収めた人たちに共通するのは、みな人知れず何かひとつのことを地道にやり続けたということです。それは必ずしもテンションの上がることでは無かったでしょう。また例えば、海外で活躍しようとするサッカー選手が、サッカー以外にも語学を習得する必要があるように、目標を達成するにあたって、間接的にしなければならないこともあったりする訳です。これも“テンションの上がらねえこと”の一例と言えますね。

私の目標であるフレームビルダーを目指すにあたり、いま目の前に立ちはだかる壁は開業資金という、これ以上なく現実的で大きな壁です。この壁を越えるべく日々あくせく会社で働かせてもらっている訳ですが、どうにもこれが後者に挙げた“テンションの上がらねえ”ことなのです。自分にとってフレームビルドという明確なやりたい仕事がある以上、それ以外の仕事に向けるモチベーションが湧いてこないのです。無論、これは単なる甘え以外の何物でもなく、ただの言い訳に過ぎません。“テンションの上がらねえこと”も夢を叶える上では重要なのです。また、給料を貰ってる以上は相応の働きをせねばならないのは、社会人として当たり前です。忍耐の無い甘ったれた自分を叱咤しながらこの文章を書いているところです。

さて、計画では残すところあと2年で最低限の資金が貯まる予定です。来年からは都内某所でフレーム作りを始めていく予定なのでお楽しみに。

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ワーニャ伯父さん(2022/11/15)

ワーニャ伯父さん、生きていきましょう。 長い長い日々を、長い夜を生き抜きましょう。 運命が送ってよこす試練にじっと耐えるの。

安らぎはないかもしれないけれど、 ほかの人のために、今も、年をとってからも働きましょう。 そして私たちの最期がきたら、おとなしく死んでいきましょう。

そしてあの世で申し上げるの、 私たちは苦しみましたって、 涙を流しましたって、つらかったって。 すると神様は私たちのことを憐れんでくださるわ。

そして、ワーニャ伯父さん、 伯父さんと私は、明るい、すばらしい、 夢のような生活を目にするのよ。 私たちはうれしくなって、うっとりと微笑みを浮かべて、この今の不幸せな生活を振り返るの。 そうしてようやく、ほっと息がつけるんだわ。 伯父さん、私信じてるの、強く、心のそこから信じてるの…

そうしたら私たち、息がつけるんだわ

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2023年 参加予定レース・イベント

1/21,22 ハンドメイドバイシクル展

3/4,5 サイクルモード大阪

3/18,19 六甲縦走キャノンボールラン

4/ 東神戸マラソン

5/ エロイカジャパン

7/15,16,17 分水嶺トレイル

7/ OMM bike

10/ 六甲縦走キャノンボールラン

11/ OMM

11/神戸マラソン

2/大阪マラソンor泉州ラソン

…随時更新するワン!

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残雪の幻想(2022/07/09,10)

六月初めの常念乗越

残雪に輝く槍・穂高の稜線

標高三千メートル

豊かなカールの雪をめぐらす

中岳支稜に浮かぶ

あでやかな

残雪の造型

 

右手にかざす扇に

岳の夏を呼び

たゆとう袂に

稜線の春を送る

 

あわただしく移りゆく

季節の谷間に

ひそやかに

浮かび

舞い

消えていく

束の間の命

 

中央の舞姫

季節の使者

六月の常念乗越

魅惑のショー

 

田淵行男『山の季節』残雪の幻想 常念乗越より

田淵行男との出会いは、去年の常念山脈縦走の帰りに立ち寄った上高地ビジターセンターだった。自分へのお土産に買った『山に向かう心』という冊子のなかに、田淵行男の詩が一遍、掲載されていたのである。その詩をいたく気に入った私は、山行から帰ると三宮のジュンク堂田淵行男のエッセイ『黄色いテント』を買った。彼の透徹した文章からは山と自然への愛情がひしひしと伝わってき、自らの山に向かう心の持ちようを振り返るきっかけともなった。

今年の7月初旬、夏山シーズン初めに、私は再び常念山脈を訪れた。槍・穂高連峰にまだまだ残雪が見られ心を躍らせた。あいにく雪解けがすすみ“中央の舞姫”は姿を消していたが、その名残を見られただけでも満足のいく山行だった。f:id:massto0421:20221029002328j:image

大天荘のテン場で知り合った松本在住の方に、翌日下山してから安曇野を案内してもらった。わさび農場に滔々と流れる伏流水。かつて田淵行男が愛した安曇野のありのままの自然は消えてしまったが、アルプスからもたらされる水は今でも安曇野の土地をうるわしている。さしずめ中央の舞姫の雫といったところだろうか。f:id:massto0421:20221029002538j:image

拝啓 加藤文太郎 兵庫縦断176kスピードハイク(2022/5/3,4)

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晴れわたる日本海をバックに「拝啓 加藤文太郎 兵庫縦断」と書かれた大きな横断幕が吊るされている。その傍らで砂浜に横たえて少し居眠りをした。待ちに待ったこの日を迎えることに興奮して前日はあまり寝付けなかったのだ。波打つ日本海のさざめきと燦々と降りそそぐ日光を浴びながら、心地よい眠気の片隅でこれからの旅路を想った。

正午12時に浜坂県民サンビーチをスタート。兵庫県神戸市の和田岬をめざす176kmの旅が始まった。距離が距離なのでキロ7分ほどの緩々としたペースで集団は進む。集団から3人ほどが抜け出したが、無理に追うことはせず淡々と自分のペースを刻んでいった。7kmほど走ったあたりのガソリンスタンドでエイドが出されていた。有り難い限りである。スポーツドリンクをいただいた。
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10kmほど走ると湯村温泉街に出てくる。GW真っ只中ということもあり多くの観光客で賑わっていた。近くの一軒家の軒先では私設エイドが出されていて、ホルモンとハイボールをいただく。これがまた非常に美味しくてしばしレース中だということを忘れるが、先を行く3人の動向が気になるので礼を言い先頭を追った。マラソン中の飲酒は東神戸マラソンキャノンボールで慣れたものであり、むしろ俄然調子が出てくるというものだ。

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湯村温泉の先から本格的な峠越えが始まる。まずランナーの前に立ちはだかるのは、湯村カンツリークラブへと向かう但馬アルペンロードだ。そこそこの斜度でだらだらと登坂区間がつづく。道路脇の新緑や、時おり広がる棚田の風景に見惚れながらの峠越えで、いい気分のままずんずんと前進していった。道中には「あと100マイル」と書かれたお手製の看板があって、ランナーのメンタルを容赦なくへし折りにくる。今までの経験上、100kmオーバーになると体力よりも精神力の方が重要になってくると言えるだろう。
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湯村カンツリークラブをパスして次に向かうのは柤岡峠(けびおかとうげ)だ。3年前に和田岬から浜坂を目指したときは、最後の最後でこの峠にぶち当たり、本気で泣きそうにながら峠越えした記憶がある。ちょっとしたハイキング気分を味わえるような林道は夜になると真っ暗で、どこから獣が飛び出してきてもおかしくないような雰囲気がある。今回は昼間なのでそのような心配もなくクリアした。登りは基本走らずに、ストックを使用して終始パワーウォークに徹する。獲得標高が2000m近くあるカトブンのコースでは、後半に足を残しておくためにも、登りは極力省エネ運転で行くのがポイントだ。さらにもう一つ大事なのは下りで飛ばさないこと。丁寧に一歩一歩、足を置くようなイメージで足にかかる衝撃を減らしていく。
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柤岡峠を越えて村岡地区にやって来た。自分は出場したことはないが、村岡ダブルフルウルトラマラソンでお馴染みの地域である。商店街を通り抜けてしばらく走ると、またもや次の峠が待ち受けている。笠波峠という風情のある名前が印象深い。峠にさしかかる頃には西日がジリジリと肌を焦がし、暑さによる疲労感が少し気になってきた。この時点で時刻は17時前。7kmほど先にある関宮ループ橋の下をくぐる道が暗くて怖かった記憶があり、日没前にそこを通過したい算段でいたが、このペースのまま進めば難なく通過できそうだった。
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道の駅ハチ北の手前には全但バスの停留所がある。去年出場したKAMI100で利用したことがあり懐かしくなった。
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但馬トンネルの狭い歩道を抜けると、ようやく関宮ループ橋下の道に出た。このループ橋は下から眺めても面白い構造をしている。
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この田園風景はローソン養父万久里店のあたりから撮影したもの。但馬の田園風景は美しいが、夕暮れ時になると郷愁を漂わせ、一人きりで歩いているとそれこそ神隠しにでも遭うんじゃないかというような不安な気持ちを抱かせる。走りながら移ろう風景に心情を重ねるジャーニーランは、マラソンやトレイルランでは味わえない魅力の一つだろう。
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いよいよ日没の時間がやってきて周囲が暗くなり始めた。視界が無くなると、脳に入ってくる情報は限定され、自分の身体や精神状態のほうに意識が向く。自分との対話をしながら、淡々と歩を進めるナイトパートが案外好きだったりする。建屋地区は街灯がほとんどない。頭上に広がる星空は綺麗で、時おりヘッドライトを消しては天を仰ぐ。
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75キロ地点の齋神社ではコース内で唯一の公式エイドがある。ローソン養父万久里店から次のコンビニまでは約45キロほど離れており、その間は補給地点が無いため、その間にエイドがあるのは非常にありがたい。ここで3位を走っていたランナーさんと合流し、エイドからは自分が前を走るかたちとなった。
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コースの半分にあたる生野駅に到着する頃には足の疲労が隠せなくなり、少しペースダウンしたいところだったが、生野峠を越えてからは緩やかな下り基調の道になり、自然と走るペースも速くなる。このペースで行けば目標としていた30時間切りは達成できそうだったし、何より3位という好位置に付けていたこともあり、さらに順位を上げたいという欲求が出てき始めた。
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100キロ時点での経過時間は13時間5分。今もなお平坦であればキロ7分前後のペースを維持できている。甘池駅を2時17分に通過。眠気による大幅かペースダウンが怖かったので、自販機で缶コーヒーを買って、積極的にカフェインを摂取する。カフェインは眠気対策のほか、疲労感も抑えられるため、オーバーナイトのトレイルやウルトラレースでは欠かせない。
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鶉野飛行場がある付近で日の出を迎えた。流石にこの辺りでは眠気が襲ってきて、とぼとぼと歩いていた。生野峠から割と飛ばして走っていたが、2位のランナーさんは一向に見えず、追いつく気配もない。このときばかりは眠気も相まって精神的にきつかった。加えてレース前から心配していた足底筋膜炎が悪化しているように思われる。右足を庇いながらとりあえず歩いていく。
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小野市に入ったあたりで右足が悲鳴をあげる。踵付近が痛くて歩くのもままならない。道端に座り込んで靴を脱ぎマッサージをしたり、ロキソニンを飲んだりしてみるが改善せず。アスファルトを歩くのが辛いので、加古川河川敷の芝生の上を歩く。f:id:massto0421:20220830193640j:image

最後から2つ目のチェックポイントにあたるローソン小野池尻店にてクーリッシュを購入し、アイシングをした。小一時間ほど休憩してると後続の4,5位のランナーさんがやって来た。大丈夫か、まだまだ時間は一杯あるから、と励ましの声を貰い、ローソンを出発するものの、まともに歩けない状態は変わらずだった。和田岬まであと40キロほど。時間はまだ丸一日残っていて、このまま足を引きずってでも歩いていれば間に合いそうな気がしたが、それに耐えられる精神力は残っていなかった。こうして2022年の兵庫縦断の旅は幕を閉じた。

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竜ヶ岳(2022/06/12)

会社の先輩と八ヶ岳連峰の赤岳に登る予定だったが、活発化した梅雨前線の影響で雨予報となり、2日前に中止の決断をした。関西はまだ天気は保ちそうで、一緒に登山する予定だった先輩のお誘いで鈴鹿山脈の竜ヶ岳に登ることになった。

先輩の運転で堺から登山口まで約3時間。車を降りると爽やかな涼しい風が気持ちよく、六甲やダイトレなどの大阪湾を取り囲む山とはまた違った空気が流れていた。登山口では登山道整備のための資材運びを依頼する看板があり、そばには資材となる木材が積まれていた。先輩にそそのかされて4本をザックに括りつけて登山が開始した。プラス4kgほどの重量でなかなか脚が重いが、もともと今回の登山は夏山シーズンに向けたトレーニングも兼ねていたので、重量になれる意味でも良い機会となった。そういえばTJAR2012に出場されていた阪田さんのSNSで、以前、竜ヶ岳の歩荷情報を目にしたことを思い出した。

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急登をぐんぐん登って40分ほどで、早くも視界が開ける。昨年登った武奈ヶ岳伊吹山と同じように琵琶湖周辺の山はとりわけ展望がいい。しかし、私がこれまで登山した記憶では晴れていたためしが無いのである。この日も写真を見ると晴れていそうだが、山頂付近はガスに覆われており期待ができない。

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山頂直下にて歩荷してきた資材を下ろしミッション達成。少しでも登山道整備に役立てたと思うと充実した気持ちになる。足取りも軽くなり、この先の急登をクリア。山頂に到着した。展望は予想通りのガスだったが、先輩が淹れてくれたアイスコーヒーが美味しくて気分良く頂上を後にした。
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少し高度を下げるとご覧のようにガスは無くなり遠くの鈴鹿市街地まで見下ろせる。琵琶湖がある以上、どうしてもガスが発生しやすい地形条件が揃っているのだろう。なんとも勿体無いように思われる。
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下山路はコースを変えて、アドベンチャーチックな道を歩く。砂防ダムの堤防に設置された足場をつたっての下降はなかなかの高度感があった。そして先輩とっておきのスポットが長尾滝。下山路から少し外れて沢沿いに歩くとたどり着く。清涼感のある水を見て我慢できずに飛び込んだ。関西の山もいよいよ夏らしくなり、もうひと月も経てばアルプスシーズンがやって来る。今年の夏はどこに行こうかと思いを巡らせながら、はじめての鈴鹿山脈鈴鹿名物のトンテキを満喫した。(先輩ごちそうさまでした🙏)

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剱岳 (2022/07/30,31)

私たちの命の長さでは測り切れない夥しい年月の、時には悲しくなるほどの冷たさを内に隠した岩の峰。しかもそれは永遠不変の姿の存在としてではなく、老いたる人の顔に深々と刻まれた皺に似た亀裂を、岩の物語として洵にあからさまに見せている。

串田孫一『山のパンセ』岩の物語より

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7月31日、我々三人は憧れの岩峰のいただきに自らの足で立った。視界を遮るものは何一つなく、どこまでもどこまでも空と山とが広がり水平線に消えていく。この世とは思われない光景にただただ息を呑むばかりで、登頂の感慨にふける隙間もない。平蔵のコルや前劔などの難所で岩に取り付いているときは、立山曼荼羅で「地獄の針の山」と称されるのも納得のいく様であったが、山頂から広がる光景はどちらかというと極楽浄土に近い。地獄と極楽浄土、どちらにせよ無事に現世に戻ってこられたのは、同行してくれた二人の友人のおかげである事は間違いないだろう。
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