自転車で山、海へ行く

山、海、街、自転車、船、本のこと

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町(2021/04/17)

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実家のある本山の町内からは、どこにいても保久良山の鳥居と石灯籠がよく見える。少し開けた山の中腹にそれらは建っており、昼夜を問わずいつでも麓の町を静かに見守っていた。

保久良山は子供達にとって格好の遊び場だった。小学生の頃は友人とよく秘密基地を作りに登ったものだ。山と言っても標高は185mで、小学生の足でも学校から30分も歩けば頂上に着いた。この学校というのが、作家の中島らもと同じ本山第一小学校である。同校出身の彼のエッセイ『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』には、保久良山にまつわるエピソードが書かれている。

本山第一小学校に通っていたころは、体育の時間によくこの山に登らされた。ほいっ、ほいっと、と頂上まで行って、てっぺんにある神社の境内でひとやすみしてから、上りとはうってかわって楽な下り道をおりていく。学校に着いて、それでちょうど50分という行程である。

休みの日にはこの保久良山から尾根づたいの金鳥山へ出、さらにその奥へ分け入って「水晶狩り」をした。

小学6年生の春、担任の提案でHRの時間に保久良山へ登りに行ったことがある。そして頂上から学校のある町に向かって大声で自己紹介をした。とてもユニークで人情深い先生だった。

らもが「水晶狩り」をした場所は風吹岩のことである。そう言い切れる理由は、私もまったく同じ事をしていたからだ。風吹岩と呼ばれる場所には花崗岩の塊が剥き出しになっていて、その隙間にキラッと光る石英があったのだ。それを道中で拾った石などでほじくりだしては、石英の美しさや大きさなどで友人と競い合っていた。

らものエッセイを初めて読んだ時、やる事なすこと全てが同じで思わず笑ってしまった。どうやら半世紀近く歳が離れていても、その町の子どもの遊びは変わらないようである。

また、らもは自身の灘高時代についてこのようなことを書いている。

僕はよく昼から学校をサボって一人で保久良山に登った。山頂から街をながめていると全ては事もなく平和そうで、さきゆきの不安にさいなまれている僕とは無縁のいとなみを続けているように見えた。

これも非常に共感できる話だった。保久良山は海や町から非常に近い。そのため阪急電車やJR、高速道路を走る自動車、大阪湾を行き交う船などが、忙しなく動いている様が見てとれる。それらを眺めていると、自分が悩んでる間にも世界は平常通り回っていて、自身の存在感がとても小さなものに思えてくるのだった。

ややこしい年齢になると必然と悩みも増えてくる。悩みの増加と比例するように、保久良山に登る頻度も増えていった。そして頂上からの景色を眺めて自身を俯瞰することで、悩みは解決しないにしても「まぁ何でもええわ。」と一旦リセットすることが出来た。

大半は一人で登っていたが、友人と登ることもしばしばあった。それは決まっていつも、本山周辺で一緒に晩ご飯を食べた後だった。真っ暗な坂道を腹ごなしに登っていると時折、暗闇の中でイノシシが走り去る音が聞こえたりもした。頂上に着くと、近況や将来のことについて小一時間ほど喋るのがいつものパターンである。不思議なもので、保久良山にいると何でも明け透けなく話すことができた。もちろん友人の素晴らしい人徳によるところが大きいのだが、保久良山という場がもたらす影響もあったと思う。

古来より航海の目印とされてきた保久良山の灘の一つ火は、私にとっても、この先の長い道のりを照らし続ける導灯となってくれるだろう。

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OSJ新城トレイル32K (2021/03/28)

先週3/20,21に開催された六甲縦走キャノンボールランは、全山縦走を1.5往復するレインボーの部にエントリーしたのだが、体調と足の状態が優れず20km走っただけでリタイアしてしまった。あの豪雨の中、片道を完走しただけでも脱帽ものである。やはり六甲山は変態の巣窟である。

リタイアした理由はもう一つあって、まさしく今日開催された「OSJ新城トレイル」の32Kにエントリーしていたから。エントリー代、交通費、宿泊費など、それなりにお金をかけてるので、なんとか完走したい思いもあり、大事をとってキャノンボールはリタイアさせてもらった。雨の中ボランティアでエイドを出していただいた皆様、コロナ禍の中でもレースを開催していただいた運営の皆様に感謝です。

 

OSJ新城トレイルに参加するのは初めてなので、色々と勝手が分からない。なのでこの記事が、2022年大会で初めて参加される方の参考になればと思う。

3/27(土)夜勤を終えて8:00に会社を出る。そのままレースの準備を持って最寄り駅まで。今回は18きっぷを使うのでJRの在来線です。10:00大阪発に乗車。豊橋で途中下車して、新城出身の友人に教えてもらった「スパゲッ亭」のあんかけスパを食べた。それからまた飯田線に乗り換えて15:51にレース会場最寄り駅の三河槙原に到着。駅から会場までは徒歩10分くらい。ハガキを見せて受付完了。

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宿は会場になっている「モリトピア愛知」にしたのでそのまま直行。新城トレイルの出場選手は大広間にも泊まれるため最安2500円で泊まれる。ただし同じ空間に8人いるのでコロナ禍の状況ではあまりお勧めしない。浴場無料、バスタオル貸出100円、歯ブラシセット50円。自販機あり。夕食は3500円と言われたので流石に手が出せず素泊まりにした。

で、問題の夕食だが、温かいものを食べたいので飲食店探すことに。三河槙原駅の二つ手前「三河大野駅」の近くに「天賜食堂」という台湾料理屋さんがあって、近辺の飲食店で唯一、夜まで営業してるのでそこに行くことにした。モリトピア愛知から5kmとちょっとなので、ウォーミングアップも兼ねてジョギングで。レバニラ定食美味しかったです。メニューも豊富でGOODでした。

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近くにファミマがあるので朝ごはんや補給食の買い出しを。たぶん会場から一番近いコンビニ。18時ごろに行ったけど、おにぎりラスト2つだった。水2リットルは売り切れてた。プロテインバーの種類豊富なのが嬉しい。

電車で三河槙原に戻る。本数少ないので注意。

モリトピア愛知に戻ったらレースの支度。大広間だともう寝てる人がいるので、うるさくないように荷物を外に出して支度すると良いです。

風呂に入って22:00就寝。

 

3/28(日)5:30起床。歯磨いておにぎり2つ食べて、レースのザック荷物確認とその他荷物を整理。6:30にモリトピア愛知ー三河槙原駅でストレッチ&ジョギング。三河槙原駅のトイレ空いてたので用を足す。会場は混むけどここなら落ち着いて用を足せるw

6:45  64Kが7:00スタートなので見物。TJAR選手の石田さん、福山さんを発見。エントリーリストには阪田さん、江口さんの名前もあったが見つけられず。司会に望月さん登場。テレビで見た顔が目の前にあってテンション上がる。スカイラン覇者の上田瑠偉選手は列の先頭に。バランスの取れた体つきでアスリートのオーラがすごい。カッコ良かった。

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さて1時間後に私の出場する32Kが始まる。昨日コンビニで買ったミニアンパン3つ食べて、トイレ行って、も一回装備確認。必携装備の中に雨具とあるが、レインパンツも含まれてるのか気になった。念のため持っていったけど必要ない感じやった。そもそも持ち物チェックなかった。(だからといって必携装備持たないとかなしですが。)レースに必要ない荷物は運営さんに預かってもらえる。

7:30 ゲート前に並ぶ。この時間に並んで全体の1/3くらいに位置取れる。割り込み奴がいるので(腹立つ💢)タイム狙いたい方はなるべく前にいた方が良いです。

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8:00 32Kスタート。先頭集団はキロ3:50くらいで突っ込んでいく。私は4:15くらいで。1.5キロ先の登山道まで突っ込まないと渋滞が発生する。半分より後は15分ほど立ち往生すると司会の方が言っていた。なのでしんどくてもここは我慢して突っ込む。登山道に着いた時点で上位30%くらい?かな。渋滞が起きるものの立ち往生は免れた。この渋滞で休憩できるのでありがたい。

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登り始めから九十九折の急登。六甲山の七曲を登ってる感じ。無心で前に付いていって、9:45第一エイドに到着。ここで10km。このペースを保てば5時間15分でゴールできるが、かなり無理したのでペースダウン。宇連山へ向かう。なんかもうずっと急登でほんましんどい。ふくらはぎ既にパンパン。六甲山で例えるなら…いや難しいな。七曲の階段なしver.がずっと続く感じ。

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「はよ帰りて〜」とずっと思いながらなんとか宇連山に到着。時刻は11:30。ここから第二エイドまで、同じアルトラのローンピークはいたお兄さんと一緒に下る。

兄「もういつ攣ってもおかしくないですわ〜w」

私「めっちゃ分かりますw下りとかもうスピード出せないですよ。」

兄「そういやこの辺ていまコース全体のどの辺かな。初めてやから分からなくて。」

私「僕も初めてです〜。宇連山過ぎたからもう2/3くらい走ってるんちゃいますかね?」

↑すいません、後から分かったけど真っ赤な嘘でした。実際は半分くらいです。「全然ゴールつかへんやん。あいつ何適当なこと言うてんねん」って思ったやろなぁ笑 ほんますいません。

第二エイド到着。写真撮るの忘れてて何時に着いたか分からない。さっきのお兄さんと別れる。水補給して出発。で、事件発生。出発してすぐ、大きめの石を飛び越えようと思ったら左内腿が攣る。はりちゅうエンデューロの悪夢が脳裏を掠める。しばらく悶絶してたら続々とランナーがやってくる。

私「邪魔してすんません、攣っちゃって、、」

ラ1「焦らんと落ち着いてー、行ける行ける!」

ラ2「僕もさっき攣ったわー、頑張ろう!」

ラ3「大丈夫ですかー?あ、やば、私も攣ったわ」

これを機に1人、また1人とやってきたランナーが攣り始める。自分が見た中で合計6人が同じ場所で攣るというハプニングw もう笑うしかない。ずっと下ってきて、いきなり石飛び越えようと足上げるから攣るんやろなぁ。でも皆さんが攣ったおかげで悶絶してる間も心が和やかになれたのでよかった。声かけて励ましてくれたランナーさん、一緒に攣ってくれたランナーさんに感謝です。ありがとうございました!笑

その後15分ほど足ほぐしてようやく動けるようになった。攣った瞬間はリタイアも考えたけど、攣りながらも走ってるランナーさん何人もおったし、新城まで来てゴールできないのも情けない話なので、完走だけを目指して歩いた。

下りも上りも走れずで満身創痍。後続にどんどん抜かされてやり切れない。

最終関門あたりで雨が強まる。レインウェア着る。残り5キロあたりで遠くの方から声が聞こえてきて、会場もう近いんかなーと思ったけど、それは残り3キロ地点で応援されてた方の地声だった。声量すごくてめちゃくちゃ元気出ました。雨の中でも応援ほんとに有難いです。

残り2キロ、にも関わらずまだ登る。普通残り2キロは下りだけでしょ…やっぱこのコース鬼です。

15:01 ゴール。タイムは7時間1分。まあ今回は完走できただけでもヨシとしよう!それにしても日本一キツいトレイルレースと謳われるだけのことはある。キツすぎて終始半泣きでした。もう二度と出ん!(フラグ

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ゴールした余韻に浸る暇もなく急いで帰る準備を。16:09三河槙原発の電車に乗らないかん。モリトピア愛知は日帰り入浴やってるからシャワーだけでも、と思っていってみると入場制限の文字。泣。トイレで着替えて、支度をして、新城の山にお別れを告げた。

最後に、コロナ禍の中でも対策をとってレースを開催していただいた運営の皆様方に感謝申し上げます。

 

2021年出場予定レース

3/20,21 六甲縦走キャノンボールラン(レインボー)

3/27 OSJ新城トレイル(32k)

4/25 東神戸マラソン

5/3,4,5 拝啓加藤文太郎兵庫縦断スピードハイク

5/ 六甲5ピークス

5/22 比叡山インターナショナル(50k)

6/20 ツールドしものせき

7/16 富士登山競走(5合目)

8/6〜15 TJAR観戦 

9/ 分水嶺トレイル

10/ 六甲縦走キャノンボールラン

10/ ハセツネ

11/5,6,7 OSJ香美

11/7 下関海響マラソン

11/21 神戸マラソン

11/ 大阪マラソン

12/ シム記念摩耶登山マラソン

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春の数えかた(2021/02/27)

今週は夜勤で、毎日残業をしていた。会社を出るころにはもうすっかり日が昇っていて、寮についてベッドに入っても中々眠れない日々が続いた。昨日に至っては1時間ほどしか眠れず、仕事中はたびたび意識が飛びかけたが、なんとか1週間を終えることができてホッとしている。

今朝は帰った瞬間に爆睡してしまい、目が覚めたのは昼過ぎだった。神戸に帰ること以外は特に予定はなかったが、半日を無駄にしてしまった罪悪感は否めない。外は憎らしいほどいい天気でなおさらそう感じた。寝ぼけながら支度をして寮を発った。

まだまだ風は冷たく肌寒いものの、植物の微かな香りであったり、少し霞みがかった空であったり、そこかしこに春の到来を感じる。私は春を感じられるようになると決まって、はっぴいえんどの『風をあつめて』を聴く。春がすみを連想させるような、細野晴臣のフラットな歌声が耳に心地よい。春のぼんやりとした空気感を閉じ込めたような曲だと思う。

電車の中で寮から持ってきた文庫本を開いた。日高敏隆『春の数えかた』は、動物行動学者である筆者の視点からみた日常生活のエッセイだ。

京都の鴨川にはたくさんのユリカモメたちがいて、夕方4時ごろになると次々に飛び立ち、川面の上空をぐるぐると輪を描きながら、何十羽という鳥の柱ができる。やがてカモメたちは彼らのねぐらの琵琶湖方面へと移動していく。動物行動学的にはこれを「意向運動」と言うらしい。体内時計に刻まれた、眠りたい、休みたいという生理的欲求、すなわち「意向」に準じて彼らは行動するのだ。

それは動物としては極めて当たり前のことのように思えるが、食べたいけど体重を減らすために食事を断ち、眠たいけどゲームをするために睡眠時間を削り、休みたいけどノルマに達するために夜間も働く“ヒト”には当てはまらないようである。

阪神芦屋駅で下車した。時刻は16時でユリカモメたちは家路に着く時間であるが、私は休日を無駄にしたくないので山へと向かう。ここにも意向運動に反したヒトがいる。

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夕方からでも山に入れるのは、六甲山麓の住人の特権である。私は駅から芦屋川を北上して、芦屋ロックガーデンへと向かった。途中、阪急芦屋川駅の近くにある古本屋「風文庫」さんに寄ろうかと思ったが、このごろ本を買いすぎなのでやめておいた。

芦屋ロックガーデンは六甲最高峰へいく1番の人気ルートで、たいていの時間は誰かしらの喋り声や気配がするものだが、夕方の山はしんと静まりかえっていた。途中、ロックガーデンの由来を紹介する木の看板があり、そこには

ただひとりとかげ極めこむ日もありて物音絶えし岩場なりしか

という富田砕花の詩が添えられている。夕方の山は、この詩に限りなく近い世界観を味わえる。

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静まりかえった山を登っていると、いろんな思いが頭を巡る。このときは以前、風文庫さんで買った、大阿久佳乃『のどがかわいた』のことを思い出していた。自分の一つ年下の筆者が書いたとは思えない卓越した表現力で、ティーンエイジの掴み所のない感情を言語化している。筆者お気に入りの詩を紹介する「詩ぃちゃん」は、筆者が高校生のときに発行していたフリーペーパーで、本書にも纏められてある。とても高校生とは思えないほど鋭い洞察力である。

『のどがかわいた』を読んで、改めて書くことの重要性を教えられた。いまこうして山に登っているときの思考や感情は、その瞬間にしかないもので、後から「そういえばあの時は、こんな気持ちだったなぁ」と思い出しても、それは少し脚本がかった別物になるのではないかと思った。

夜勤中は病みそうなくらい気持ちが落ち込むのだが、土日になって山に入ったり自転車に乗ったりすると、その感情はすっかり頭から抜け落ちる。それはそれで精神衛生上いいのだろうが、あのとき落ち込んでいた自分自身を裏切るようで後ろめたくなるのだ。だから今日はこうして感情が新鮮なうちに書き残しておくことにした。

水曜日の夜、下関の知人から「4月に大阪に行くかも」と連絡があった。好きなアーティストのライブを観に行くらしい。彼女が大阪に来ることはたいへん嬉しかったが、その連絡をくれたことがもっと嬉しかった。ほとんど他人のような関係性であるにも関わらず、こうして自分に気遣ってくれる優しさに彼女の人徳がにじみ出ている。

私の周りにいる人たちはみんな優しい。すごく恵まれていると改めて思う。しかし当の私はその優しさに応えられているか、テイクだけでなくちゃんとギブも出来ているか時折不安になるのである。

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カトブン式六甲全山縦走(2020/09/26)

新田次郎孤高の人』で知られる加藤文太郎は、私が尊敬する人物の一人だ。その旨は兵庫縦断スピードハイク(2019/11/05) - 自転車で山、海へ行く に書いたので、ここでは割愛する。加藤文太郎は六甲全山縦走の先駆けとなり、その後も厳冬期のアルプス縦走において、脅威的な記録を数々打ち立てた。保温性の高いダウンジャケットや、GORE-TEXをはじめとする、優れた防水性と軽量性を兼ね備えた登山用ウェアがある現代でさえも、冬のアルプスは夏と比べ物にならないほど危険で、入山を許されるのは一部の上級者に限られる。彼が熱心に山を駆けた時代は大正から昭和初期にかけてであり、その頃の装備は現代のものと比較すると、重量は数倍であったにもかかわらず、性能面では心許なかったと推測する。

まだまだ未発達な登山装備をもってして彼が困難な山行を達成したその背景には、やはり六甲山で培った基礎的な体力と登山技術の存在が大きかったと思う。彼は六甲全山縦走をするにしても、ただ須磨から宝塚まで縦走するのではなく、和田岬の社寮から全て徒歩でつないだという。朝5時に和田岬を出発して、深夜2時ごろに帰宅し、翌日は何もなかったかのように出勤したというから驚きだ。そして私としては昨年に兵庫縦断を真似したのだから、この「加藤文太郎式六甲全山縦走」も遂行しなければいけないと思い立ったわけである。

5:00 スタート

スタートは東灘区の実家から。まずは六甲全山縦走の起点、須磨浦公園を目指す。キロ6分でダラダラ走れば休憩込みで3時間くらいで着くかな〜と甘々の設定。先は長いのだ、焦らずのんびり行こうや。

6:00 元町

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早朝のセンター街と元町商店街を駆け抜ける。昼間は人でごった返して騒がしいアーケードも、早朝はしんと静まりかえり、その中をペタペタと足音を鳴らしながら走るのはなんとも愉快なものである。

7:10 須磨浦公園

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やはり設定が甘すぎて50分も早く着いた。休憩等含めてキロ6分20秒ということで、ペースだけ見れば予定通り。家から約20kmだが甘々のタイム設定のおかげで疲労感はそんなになかった。トイレやら補給やらを済ませて全縦に備える。

7:22 須磨浦公園出発

7:40 旗振山

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カトブン式全縦と銘打ったからには通らなければならない「文太郎道」という登山道がある。高倉団地を抜けて栂尾山に登るとき、離宮道の上を跨ぐ「つつじ橋」を渡って突き当たりを左折すると、心が折れそうになるほど長い階段を登らなければならない。これが今の縦走路であるが、文太郎道は「つつじ橋」を渡って突き当たりを左折するところを、右折する。一見道がないように思われるが、騙されたと思ってそのまま進んでいくと、少しトレースのようなものが見えてくる。YAMAPやヤマレコ等の登山アプリがあれば、他の登山者が歩いた道を辿れるので分かりやすい。下のヤマレコの地図では、オレンジ色の線が他の登山者の歩いたルートを示している。紫色の線は今の縦走路(階段)を示しており多くの登山者が歩いていることがわかるが、右側の尾根にも同じように登山者が歩いた痕跡があり、それこそが文太郎道である。
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整備された今の縦走路とは打って変わって、文太郎道はかなり荒れており、木の根がむき出しになったところを登っていく。今の縦走路の長い階段から伺えるように、高倉台から栂尾山にかけては斜度がきつく、文太郎道も中々の急登であった。『孤高の人』の本文中には、六甲全山縦走路はまだ未完成であり冬の縦走路を一日で歩き通すのはかなり難しいという旨が記述されているが、文太郎道を歩くとその意味がよくわかる。

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道中には「元六甲全山縦走路(文太郎道)」と表示された木の看板がぶら下がっている。登山道というものは、まずその道を開拓した人がいて、長い年月をかけて地道に整備されていき、今のように安心して歩けるようになっている。私たち一般登山者が安心して歩けるようになるまでの過程には、大勢の人の弛まぬ努力が隠されている。どこの登山道を歩くにしても、そのことを忘れてはならず、“歩かせてもらっている”ことに感謝しなければならない。今の整備された縦走路と、荒れた文太郎道とを比較することで、改めてそう思った。
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ワイルドな文太郎道はやがて栂尾山直下で、今の縦走路と合流する。

8:21 馬の背

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馬の背の場合でも、今は安全のために階段や鎖などが設置されているが、文太郎が歩いた頃はもっと危険な道であったと想像できる。

9:13 高取山

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高取山も彼にゆかりの深い山だ。独身時代、和田岬の社寮や、長田の下宿に住んでいたころは事あるごとに高取山に登っていたそうだ。市街地から20分も歩けば登山口に着くほど、街と山(海も)の距離が極端に近い都市は、全国を見ても珍しいだろうし、その恩恵を受けてきた有名な登山家は彼以外にも何人かいる。神戸は優秀な登山家を生み出し育むためには、格好の都市であると言える。実際に小説でも、芦屋ロックガーデンの祖である藤木久三氏(作中では藤沢久三)が神戸の、街と山の地理的関係について以下のような言説をしている。

「加藤君、神戸ってところはいいところだね。前が海、うしろは山、神戸の町から歩いて直ぐのところに山があるんだ。岩登りをやろうと思えば、けっこう岩場もあるし、縦走で足をきたえようと思えば、それもある。信州が山に恵まれているといっても、松本から上高地に入るにはまるまる一日はかかる。信州に限らず、日本中どこを探したって神戸ほど、山男向きにできているところはない。」

10:26 菊水山

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11:20 市ケ原
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12:34 摩耶山

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摩耶山に来て掬星台からの景色を写真に撮らなかったのは初めてかもしれない。この日は朝からずっと天気がどんよりとしていて、景色を楽しめそうにもなかったが、その方がかえってランに集中できるので、悪いことではないと思うことした。

14:03 六甲山最高峰
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15:40 宝塚
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8時間18分で全縦区間を終えることができた。20kmロードを走った後の全縦と考えれば上出来である。しかし予想していたことではあるが、東六甲の下りでかなり足に疲労が蓄積してしまい、この先、宝塚から実家までの約18kmほどのロードはまともに走れそうにもなかった。腕を大げさに振りながらなんとか走り続け、やっとの思いで18時に実家に到着した。ちなみに翌日の筋肉痛は凄まじく、とても彼のように平気な顔をして仕事をできる状態ではなかった。

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駒ヶ根散策(2020/09/22)

中央アルプスから駒ヶ根に下山してまず向かった場所は「早太郎温泉 こまくさの湯」。“ソロキャン”が今年の流行語候補になるなど、キャンプブームの火付け役となったアニメ「ゆるキャン△」の主人公“志摩りん”が訪れた場所として有名だ。かく言う私もここを訪れたいがために中央アルプスに来た節もある。TJARでも立ち寄っている選手がいるそうだ。

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浴場は広くて綺麗だった。大きな窓ガラスから入りこむ陽射しが湯気によって乱反射し、まさに極楽浄土のような空間だった。特に露天風呂からは中央アルプスの山々と太田切川を眺めることができて、何時間でも湯に浸かれそうだった。2日ぶりの風呂ということもあり、危うく昇天しかけた。

お腹も空いてたので風呂からあがって昼食を取ることにした。駒ヶ根といえばソースカツ丼が有名。これはもう外せない。ソースカツ丼のない駒ヶ根なぞ、たこ焼きのない大阪のようなものだ。ソースカツ丼の発祥とされる「明治亭」というお店が、こまくさの湯のすぐ近くにあるのだが、丁度お昼どきの為すでに行列ができており、萎えたのでやめた。実はこまくさの湯には食堂があって、風呂から上がった後すぐに食事できるようになっている。志摩りんも、こまくさの湯でソースカツ丼を食べていたことを思い出し、私も同じようにした。食堂にはテラス席が設けてあり、コロナのこともあるので外で食べることにした。

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舌バカな私は基本的に何でも美味い美味いと思いながら食べるのだが、当然、本場のソースカツ丼が美味くないはずがない。舌バカ故に他のソースカツ丼と、どの辺りが違うのか分からなかったが美味しいことには間違いなかったし、今まで食べたソースカツ丼の中で一番だった。しかしよく考えてみれば、21年間の生涯でソースカツ丼を食べた記憶は片手で数えられるほどであった。
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テラス席からの眺めも露天風呂と同様に素晴らしかった。ソースカツ丼の美味しさも増し増しである。登山して、温泉に入り、美味しいものを食べる。もう一生このサイクルだけで生きていきたいなァと本気で思った。
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こまくさの湯を後にし、周辺をぷらとぷらと歩く。太田切川にかかるこまくさ橋からは南アルプスもよく見えた。特に国内で富士山に次いで標高が高い北岳は、少し離れた駒ヶ根から見ても存在感を強く放っていることがわかった。
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こまくさ橋から少し南に移動して光前寺へと向かう。長野県には善光寺という名の知れた寺院があり間違えそうになるが光前寺である。光前寺には早太郎伝説という言い伝えがあるのをご存知だろうか。

今よりおよそ700年程も昔、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われておりました。

その頃、遠州府中(静岡県磐田市)見付天神社では田畑が荒らされないようにと、毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがありました。……

光前寺のホームページから引用させていただいた。霊犬早太郎の姿を一目見ようと犬好きや、ゆるキャンのファンなどが全国から訪れるそうだ。光前寺通りを進んでいくと林の中にひっそりと洋館が建っていた。「駒ヶ根市郷土館」。“郷土”という文字に目がない私はなんの迷いもなく入館した。館内には中央アルプスに生息する獣や野鳥の剥製、大正時代の登山者のマネキンなどが展示されていて中々面白かった。郷土館となっているこの建物は大正期に建てられた駒ヶ根市役所旧庁舎だそうで、内装やつくりに歴史を感じられる。

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郷土館のとなりに建つ茅葺の民家は旧竹村家住宅といい、なんでもこの辺の上層農家の家だそうな。高専自転車競技部で毎年出場してた「はれのくに岡山エンデューロ」の前泊で利用してた岡山の八塔寺村を思い出す。
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思いもよらない嬉しい寄り道に随分と時間をとられてしまったが、本来の目的であった光前寺に着いた。が、まさかの閉館。郷土館でのんびりしすぎた…。いいもん、また来るもん。
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駒ヶ根高原のキャンプ場で宿泊するつもりだったが、なんだか人里が恋しくなったので、光前寺から駒ヶ根市街地までとぼとぼ歩く。至るところに蕎麦畑が広がっていて美しい。そのはるか後ろには南アルプスの山々。工業製品に“機能美”という言葉があるように、土地の環境によって自然と発展していき洗練された生活様式には、ある種の美しさがあると思った。
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ベルシャインという洒落た外観の商業施設に本屋があったので、文庫本を数冊買った。旅先で本を買うのはいい。その本を読むたびに、旅先での思い出が自然と蘇って懐かしい気持ちになれるから。段々と日が沈み始めた。

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どこかに寝れそうな場所はあるかなぁ、と寝床を探しながら暗くなった町をさまよった。お腹が減ったのと、スマホの充電が無くなりそうだったので、コンセントが使えそうな飲食店をまず探すことにした。Google先生で検索してみると駒ヶ根駅の近くに「焼酎Bar &喫茶Cross Life」というお店があり、ホームページを見てみるとコンセント使用可とのこと!こんな奇跡あるんかいなと思いながら向かう。
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バリバリ登山の格好をした高校生みたいな風貌の私が、こんなお洒落なバーに入るのはどうも躊躇ってしまうが、旅の恥はかき捨てである。バーであるにも関わらずお酒は一切頼まず、お茶漬けと冷奴を注文した。お腹に優しいものを食べたかった。どちらも優しい味付けでほっとした。ゆっくり味わいながら食べて、スマホも無事に充電できたのでお店を後にした。ご主人と色々お話をしたかったが、なんせコミュ障なので勇気が出なかったのが心残りだ。また訪れる機会があれば今度はお酒を飲もう。
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結局、今晩の宿は駒ヶ根駅構内のベンチになった。屋内というだけでも随分と快適である。終電が行くまでは、本屋で買った最果タヒさんの『君の言い訳は最高の芸術』を読んだ。最果タヒさんは神戸出身の詩人である。「夜空はいつでも最高密度の青色だ」が最も有名な作品だろう。ちなみに読んでいるのはタヒさんのエッセイ。この本について書きたいことは山ほどあるが、長くなりそうなのでまたの機会にする。一生ものの最高の芸術を、たった500円ほどで買えるから本はすごいなぁと改めて思った。
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翌日は朝4時ごろに目が覚めた。外に出ると少し寒かったが、それが心地良かった。ずっとベンチに座ってても仕様がないのでふらふらと散歩。昨日本を買ったベルシャインの近くで空が明るくなり始める。先日までいた中央アルプスの山肌がみるみると赤らんできて、私は一番眺めの良さそうな場所まで走り、その移ろいの一部始終を見た。また来てね、と言ってくれているような気がした。
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中央アルプス縦走③ (2020/09/20.21)

4:30 檜尾避難小屋を出発。残念ながら星は見えなかった。夜間は無風で気温も高く、快適に眠れた。少し出発が早い気もしたが、私の不安症な性格上、余裕があればあるほど良い。これから向かう空木岳の前には熊沢岳、東川岳という山があるためアップダウンの激しいタフなコースであり、序盤から急登に苦しめられた。しかも宝剣岳に劣らない険しい岩場もあるため朝から辛い。暗いので何回かルートを間違えたりもした。雲が多いのでご来光も期待出来なさそうだったが、熊沢岳の手前で御嶽山が綺麗に望めた。特徴的な山容なのでわかりやすい。

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6:00 熊沢岳に登頂。出発から1時間半かけてやっと一つ目のピークか…と少し意気消沈気味である。まだまだ先は長い。
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再び御嶽山の方を見ると、太陽によってグラデーションがかった水平線が綺麗だった。アップダウンがあるものの、歩きやすい道になってきて徐々に歩く速度も上がっていく。
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6:45 東川岳に登頂。空木岳がすぐ目の前に迫っておりゾクゾクしてきた。同時に山頂に至るまでの急登が際立ち、気合を入れ直した。

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東川岳と空木岳の鞍部に位置する木曽殿山荘まで一気に駆け下りる。写真でも分かるように相当な斜度である。空木岳はこれに近い斜度の坂を今度は登らないといけないのかと思ったが、考えないことにした。
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6:55 木曽殿山荘に到着。最後の登りに向けて水やトレイルミックスを補給。これから気温が高くなると思われたので短パンと半袖シャツにウインドブレーカーを1枚だけ羽織って7:00に登り始めた。

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空木岳の容赦ない登り。それは昨年の常念岳の登りを思い出させるものだった。がれ場をジグザグにひたすら登る。スピードを出そうとすると絶対にどこかで垂れることは昨年経験しているので、無理のない強度を保ちながら淡々と登っていく。20分登っただけでも先程までいた木曽殿山荘が小さく見え、かなり標高を稼いだことが体感できた。
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丁度中間あたりには偽ピークが存在し登山者のやる気を奪いにかかる。事前に情報を頭に入れておいても、実際に苦しい場面での偽ピークは本当に心が折れそうになる。さらにここからは岩場も加わってくるため、体力が無くなってきた時に登ると危険かもしれない。よく登山では、技術は体力である程度カバーできるが、体力は技術でカバーできないと言われることがある。やはり初めてアルプス登山に挑戦する場合は、相応の体力をつけてからが望ましいと思われる。
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そして木曽殿山荘からぴったり1時間。8:00に空木岳に登頂。出発した時からずっと雲が出ていたが、空木岳の山頂に近づくにつれ風に流されていき、山頂からは晴れ渡った空が広がっていた。空木岳という名前の如く、空の中にいるのではないかと錯覚するほど山と空は一体化していた。こんなにも空の存在感が強い頂は初めてである。後から登ってきた男性に声をかけて写真を撮り合った。男性も充実感溢れるとてもいい表情をしていた。f:id:massto0421:20210117171128j:imagef:id:massto0421:20210117171009j:image

空木岳からは南アルプスがよく見えていた。見えすぎていた。その山脈は美しくもあり、絶望的なまでに、どこまでも果てしなく連なっていて、その道のりの過酷さを否応なしに感じさせた。TJARは南アルプスからが本番と言われるその意味が、ほんの少しだけ分かったと思う。

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この青空の下、いつまでも山頂にいて充実感に浸りたい気分だったが、そうも言ってられないので名残惜しくも山頂を後にした。絶景を拝みながら稜線を駆け下りたあの時間、私は終始ニヤついていた思う。心の底から幸せだった。五体満足で不自由なく登山という趣味に講じれることに幸福を感じた。

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11:00 駒ヶ根菅の台バスセンターに到着。無事、山行を終えられたことに心から感謝したい。

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