茄子がままに

週末の山遊び、街遊び、自転車遊びのこと。ホームマウンテンは六甲山です。

春の数えかた(2021/02/27)

今週は夜勤で、毎日残業をしていた。会社を出るころにはもうすっかり日が昇っていて、寮についてベッドに入っても中々眠れない日々が続いた。昨日に至っては1時間ほどしか眠れず、仕事中はたびたび意識が飛びかけたが、なんとか1週間を終えることができてホッとしている。

今朝は帰った瞬間に爆睡してしまい、目が覚めたのは昼過ぎだった。神戸に帰ること以外は特に予定はなかったが、半日を無駄にしてしまった罪悪感は否めない。外は憎らしいほどいい天気でなおさらそう感じた。寝ぼけながら支度をして寮を発った。

まだまだ風は冷たく肌寒いものの、植物の微かな香りであったり、少し霞みがかった空であったり、そこかしこに春の到来を感じる。私は春を感じられるようになると決まって、はっぴいえんどの『風をあつめて』を聴く。春がすみを連想させるような、細野晴臣のフラットな歌声が耳に心地よい。春のぼんやりとした空気感を閉じ込めたような曲だと思う。

電車の中で寮から持ってきた文庫本を開いた。日高敏隆『春の数えかた』は、動物行動学者である筆者の視点からみた日常生活のエッセイだ。

京都の鴨川にはたくさんのユリカモメたちがいて、夕方4時ごろになると次々に飛び立ち、川面の上空をぐるぐると輪を描きながら、何十羽という鳥の柱ができる。やがてカモメたちは彼らのねぐらの琵琶湖方面へと移動していく。動物行動学的にはこれを「意向運動」と言うらしい。体内時計に刻まれた、眠りたい、休みたいという生理的欲求、すなわち「意向」に準じて彼らは行動するのだ。

それは動物としては極めて当たり前のことのように思えるが、食べたいけど体重を減らすために食事を断ち、眠たいけどゲームをするために睡眠時間を削り、休みたいけどノルマに達するために夜間も働く“ヒト”には当てはまらないようである。

阪神芦屋駅で下車した。時刻は16時でユリカモメたちは家路に着く時間であるが、私は休日を無駄にしたくないので山へと向かう。ここにも意向運動に反したヒトがいる。

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夕方からでも山に入れるのは、六甲山麓の住人の特権である。私は駅から芦屋川を北上して、芦屋ロックガーデンへと向かった。途中、阪急芦屋川駅の近くにある古本屋「風文庫」さんに寄ろうかと思ったが、このごろ本を買いすぎなのでやめておいた。

芦屋ロックガーデンは六甲最高峰へいく1番の人気ルートで、たいていの時間は誰かしらの喋り声や気配がするものだが、夕方の山はしんと静まりかえっていた。途中、ロックガーデンの由来を紹介する木の看板があり、そこには

ただひとりとかげ極めこむ日もありて物音絶えし岩場なりしか

という富田砕花の詩が添えられている。夕方の山は、この詩に限りなく近い世界観を味わえる。

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静まりかえった山を登っていると、いろんな思いが頭を巡る。このときは以前、風文庫さんで買った、大阿久佳乃『のどがかわいた』のことを思い出していた。自分の一つ年下の筆者が書いたとは思えない卓越した表現力で、ティーンエイジの掴み所のない感情を言語化している。筆者お気に入りの詩を紹介する「詩ぃちゃん」は、筆者が高校生のときに発行していたフリーペーパーで、本書にも纏められてある。とても高校生とは思えないほど鋭い洞察力である。

『のどがかわいた』を読んで、改めて書くことの重要性を教えられた。いまこうして山に登っているときの思考や感情は、その瞬間にしかないもので、後から「そういえばあの時は、こんな気持ちだったなぁ」と思い出しても、それは少し脚本がかった別物になるのではないかと思った。

夜勤中は病みそうなくらい気持ちが落ち込むのだが、土日になって山に入ったり自転車に乗ったりすると、その感情はすっかり頭から抜け落ちる。それはそれで精神衛生上いいのだろうが、あのとき落ち込んでいた自分自身を裏切るようで後ろめたくなるのだ。だから今日はこうして感情が新鮮なうちに書き残しておくことにした。

水曜日の夜、下関の知人から「4月に大阪に行くかも」と連絡があった。好きなアーティストのライブを観に行くらしい。彼女が大阪に来ることはたいへん嬉しかったが、その連絡をくれたことがもっと嬉しかった。ほとんど他人のような関係性であるにも関わらず、こうして自分に気遣ってくれる優しさに彼女の人徳がにじみ出ている。

私の周りにいる人たちはみんな優しい。すごく恵まれていると改めて思う。しかし当の私はその優しさに応えられているか、テイクだけでなくちゃんとギブも出来ているか時折不安になるのである。

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