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知ろうとする姿勢(2022/01/17)

昨日は午前中にタウンガイドを済ませ、午後からジュンク堂三宮店におもむいた。5階で開催される「阪神淡路大震災から27年」を語り継ぐトークイベントを聴くためだ。登壇者は年齢も境遇も異なる3人の方々。それぞれ立場が異なるなか、震災から27年目に思うことを話されていたので、この場を借りて少し紹介させていただきたい。

 

スマホで見る阪神淡路大震災』著者 木戸崇之さん

「災害が起きたとき、助ける人、助けられる人、貴方ならどちらの立場になりますか」

震災について学校で講演するとき、木戸さんは必ず子供たちにこう問いかけるそうだ。「助ける人」はごく僅かで、殆どの人は「助けられる人」の方に手を挙げる。この現状に危機感を募らせながらも、木戸さんは「助ける人になって下さい。」と必死に説く。

1990年の国内の年齢分布は20〜64歳の割合が62%、65歳〜は12%だった。27年前に被災された高齢者の多くは、近隣に住む労働人口年代の人々によって救助された。しかし2025年の予想年齢分布は、20〜64歳が54%と減少するのに対し、65歳〜は30%を占めることになる。この状況を踏まえると、将来同規模の震災が発生したときの被害は、27年前以上に及ぶのではないかと危惧されている。

では「助ける人」になるには、どうすればよいのか。木戸さん曰くもっとも大事なのは“準備”だそうだ。例えば地震発生時に家具が倒れてきて身動きが取れなくなったとする。この瞬間、その人は「助けられる人」になってしまう。あるいは、食器棚から落ちて割れた食器の破片を踏み、足裏を切創してしまう。これも「助けられる人」になってしまう。しかし事前に準備をしておけば「助けられる人」にはならない。家具が倒れてこないよう固定する。素足で歩かないようにベッド周辺にスリッパを用意しておく。たったこれだけの準備で「助けられる人」は「助ける人」になり、多くの命が救われるのである。準備を怠るとその逆になるのは言うまでもないだろう。

また、朝日放送記者という立場として、災害報道のあり方についての苦悩もお話しされていた。ヘリコプターから被災した街の様子を空撮したり、避難所で被災された方々にインタビューしたり、被災地の様子を全国民に伝えるのは報道機関の使命である。しかしこれらの行いを、自分含め一般人は“マスゴミ”と揶揄し非難する風潮がある。阪神淡路の時はヘリコプターの音がうるさく、埋もれた人の声を聞き取る障害となった。また避難所のインタビューでは、被災者の心に寄り添わない無遠慮な質問も多々あったとよく耳にする。これらの話を聞くと、確かに私たち一般人からすれば、前述したような批判的な目線を向けたくなる。しかし報道機関には「放送法第108条」により、被災地の様子を全国民に伝える義務があるそうだ。この事実はほとんど知られておらず、私もこのトークイベントで初めて知った。大学で講演する際にこの事実を大学生に伝えると、皆一様に驚き、それまでメディアに批判的だった学生も災害報道に理解を示そうとするそうだ。ただし放送法を免罪符にするつもりはなく、今の災害報道のあり方についても見直す必要があるとも木戸さんは話していた。

スマホで見る阪神淡路大震災 災害映像がつむぐ未来への教訓 1995.1.17の通販/木戸 崇之/朝日放送テレビ株式会社 - 紙の本:honto本の通販ストア

 

『希望を握りしめて』著者 牧秀一さん

「震災障害者」という言葉をみなさんご存知だろうか。トークイベント後、ネットで検索したところ、牧さんが10年前に書かれた「震災障害者の今 ー阪神淡路大震災から17年」と題された報告書がヒットしたので引用させてもらう。https://www.kwansei.ac.jp/cms/kwansei_fukkou/file/research/bulletin/saigaifukkou_03/book_010_maki.pdf

震災障害者とは、阪神淡路大震災(1995 年)が起因で障害を持った人のこと。とりわけ問題となっている点は、 社会復帰が困難または出来なくなった人が、この15年間その存在が忘れられ取り残されてきたことである。

“15年間その存在が忘れられ取り残されてきた”とは、どういうことなのか。神戸市は震災障害者の人数を調査する際、抽出条件を以下のように定義づけた。それは「身体障害者手帳交付申請書添付の医師の診断書・意見書で、疾病・外傷発生年月日が「平成7年1月17日」となっている。又は、障害の原因が「震災」となっているもの」としている。その調査の結果、328名の震災障害者が抽出された。しかしその中には「知的・精神障害者」「県外居住者」「障害の原因に「震災」と明記されていない人(例:圧迫)」「発生年月日がズレている人」の数は含まれていない。神戸市は 5 年に1度、市内在住の障害者に対する「生活実態調査」を実施している。2010年3月、約96000人の身体・知的・精神障害を持つ全ての人に障害原因を尋ねた。その結果、2.8~3%の人 が「震災」と答えた。単純計算すると 2,700 名となる。つまり神戸市の調査から漏れた震災障害者は、先程の328名を差し引くと2000人以上にも及ぶことになるのである。これが先ほどの“15年間その存在が忘れられ取り残されてきた”の真意である。

牧さんは現在、震災直後に開設された「よろず相談室」を続け、震災障害者の心のケアに取り組まれている。具体的には、震災高齢者の訪問活動と、震災障害者の集いの開催。集いでは、同じ悩みをもつ人々が交流することで、前向きな気持ちになれるのを後押しする、非常に貴重な機会となるそうだ。

私自身、日常生活にはほぼ支障がない程度ではあるが身体障害を持っているため、他人事とは思えなかった。自治体から忘れ去られ、自分たちの存在は一体何なのか、と自問する震災障害者が今後出てこないように注視していく必要がある。まず私たちに出来るのは、そのような苦悩を持つ方々の存在を知ることである。

希望を握りしめて 阪神淡路大震災から25年を語りあうの通販/牧 秀一 - 紙の本:honto本の通販ストア


『住むこと 生きること 追い出すこと』著者 市川英恵さん

震災当時、まだ1歳だった市川さんは姫路で生まれ育ったため、特に震災を意識することなく日々を送ってきた。大学に入学する前年の2011年3月、東日本大震災が発生。そこで「大学に入ったら東北に関わりたい」と考えるようになったという。神戸大学に入学後、阪神淡路の被災者を支援するボランティアサークルに出会い、「東北に行ったときに何か役立つかも」という思いで入会した。サークルの活動で被災者と話をしていく中で、借り上げ住宅の追い出し問題について知る。

借り上げ住宅あらため、借上市営住宅とはどういう仕組みなのか、神戸市のHPから引用させてもらう。https://www.city.kobe.lg.jp/a74622/kurashi/sumai/jutaku/information/publichouse/kariage/index.html

阪神淡路大震災により住宅を失った被災者に対して、早急かつ大量に住宅を確保するべく、20年の期限で民間や都市再生機構(UR)等から賃貸マンションを借り上げて緊急的に市営住宅として供給したものです。

本のタイトルにもある「追い出すこと」とは、借上市営住宅の入居期限を満了した入居者に、住宅の明け渡しを命ずることである。しかし明け渡しを巡って、神戸市と入居者の間で今もなお対立が生まれている。

追い出し問題とは。借上市営住宅には20年という入居期限が設けられているが、その基となる当時の「借上公営住宅制度」にはいくつか欠陥があった。詳細を記すと長くなるので割愛するが、結果として、神戸市が入居者に対して、入居期限に関する充分な事前通知を行わなかったのがことの発端となる。

入居期限について充分に知らされていないまま20年が経ち、いきなり行政から明け渡しを命じられる入居者も中にはいるそうだ。高齢となった入居者は容易に引っ越すことは出来ない。部屋のなかでも歩行器を使っているNさんの場合、歩行器の使用を前提として家具がレイアウトされており、さまざまな工夫をしながら生活を送っている。そのような事情をよく知る市川さんは「その部屋でしか生きていけないと思う。退去はその人の生活を奪うことになる。」と話した。

阪神淡路の被災地となった宝塚市伊丹市でも同様の問題は起こっているが、入居期限を延長するなどして対応している。もちろん自治体の大きさや被害の規模は比べ物にならないが、本来、弱者に寄り添うべき行政(神戸市)が、彼らの生活を脅かすようなことは、絶対にあってはならないと私は思う。

住むこと生きること追い出すこと 9人に聞く借上復興住宅の通販/市川 英恵/兵庫県震災復興研究センター - 紙の本:honto本の通販ストア

 

あの日から27年経った今でも、震災が残した傷跡は私たちの見えないところで燻り続けている。これから起こりうる災害時に被災者が同じ悩みを持たないためにも、私たちは「知ろうとする姿勢」を崩してはならないのだ。f:id:massto0421:20220117192416j:image