何年ぶりかの家族旅行で蒜山高原へやって来た。幼少の頃にもここへ連れてこられたことがあり、下蒜山から中蒜山まで縦走登山した。下蒜山の山頂直下の鎖場で半泣きになったことは今でも鮮明に覚えており、その体験がショッキング過ぎたのか他の記憶はおぼろげである。車の窓から流れていく風景を目で追いながら、記憶の断片をたどり思い出そうとしていた。
今回、蒜山高原へやって来た目的は観光+登山である。登山を趣味とする父が計画する家族旅行にはたいてい登山の予定が組み込まれており、父以外の家族はほぼ毎回その登山に付き合わされる羽目となっていた。私もその頃は特別登山が好きというわけでもなかったが、今では生きがいの一つといっても過言ではない。そうなった理由に幼少期の登山経験が知らぬ間に影響しているのかもしれない。
犬挟峠の手前にある下蒜山登山口にやってきた。駐車場に車を停めて出発した。出発してまもなく急な階段が現れ、母が愚痴をこぼす。先頭を歩く父が振り返り、その様子を見ながらニヤニヤと笑っている。この光景は家族登山では毎度のことであり風物といってもいい。
稜線まで上がるとすぐに視界が開けた。下蒜山の中腹にあたる雲居平という台地である。高原らしく笹の野原が一面に広がっている。前回来たときは周辺が霧に覆われてほとんど風景は見られなかった。この先の鎖場で半泣きになったのも、ふと下を見たときに霧で何も見えず、無事に下山できるのか不安になったからである。今回は視界良好で、北の方角を眺めると鳥取砂丘と日本海が見えた。
雲居平からほどなくして山頂直下の鎖場に入る。前日に雨が降ったらしく、地面はかなりぬかるんでいる。地面が乾燥していれば鎖を必要とするような道ではないが、今は泥濘で足を滑らす恐れがあるため念のために鎖を持って登っていった。
ほぼコースタイムどおりの時間で下蒜山山頂に到着した。両親ともども50代であるが体力はまだまだあるように見受けられた。下蒜山から次の中蒜山へ向けて稜線を進んでいく。
曇ってはいるものの遠望はよくきき、中蒜山と上蒜山がはっきりと見える。眼下に広がる蒜山高原の牧場と田畑の様子もなかなか見応えがある。まさに稜線歩きのいいとこ取りをしたようなコースである。岡山県の山といえば日本百名山の一座として大山があまりにも有名であるが、ここ蒜山も静かで気持ちのよい稜線歩きが出来るため山仲間に勧めたいと思える。
稜線からの景色を楽しんでいるうちに中蒜山に到着した。下蒜山、中蒜山、上蒜山をまとめて蒜山三座と呼ぶが、蒜山三座のうち最も展望に優れるのは中蒜山である。蒜山高原の中央に位置するだけあって、東西南北それぞれの方角で風景が楽しめた。ちょうどお昼時だったので山頂のベンチで昼食を食べた。そのまま中蒜山登山口の塩釜に下山する予定だったが、兄に両親のサポートをお願いして、私だけ上蒜山まで縦走することにした。
家族登山なのでペースを抑えに抑えて中蒜山までやって来たが、ようやく一人になれたので我慢していた分思いっきり稜線を走った。中蒜山と上蒜山の鞍部に至るまでの下り道は爽快極まりなかった。
あっという間に上蒜山に到着。三角点はもう少し奥にあるため行こうと思ったが背丈ほどの藪漕ぎを強いられそうになり撤退した。なにもここまで来て藪漕ぎすることはないだろう。
上蒜山からの下りもまた気持ちのいいシングルトラックが続く。曇り空の隙間から光が差し込み、その光景に見惚れながら気分よく下っていく。上蒜山もあっという間に下山して蒜山三座縦走を終えた。下山した場所は牧場で、たくさんのジャージー牛が出迎えてくれた。せっかくなのでジャージー牛としばし戯れる。
上蒜山を下山してからどうやって駐車場まで向かおうか考えていたが、そこまで距離は無かったし体力も有り余っていたのでロードを走ることに。蒜山高原を東西に走るようにサイクリングロードが設けられており、ランニングするのに丁度適していた。
天気も徐々に良くなり、秋晴れの青い空のもと、蒜山高原の緑が生き生きしている。この牧歌的な風景を独り占めしながら走る贅沢は何物にも代え難い。家族に対して一人で楽しむことにやや申し訳なさを感じるものの、自分はそういう人間なのだとやや諦めの境地にいるこの頃。せめて同じような熱量と力量で、山や自転車を楽しめるようなパートナーが居れば最高だろうなと思うのだが、果たしてこの先そういった人に出逢うのだろうか。