自転車で山、海へ行く

山、海、街、自転車、船、本のこと

九つの嶺に守られる街 (2020/08/08)

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私にしては珍しく電車に乗っています。ここは広島県呉市青春18切符で堺から7時間かけてやってきました。もう4年前のことになりますが、今回と同様に友人と青春18切符で呉にやってきたことを思い出します。その時は日帰りで呉と広島を観光するという無理にも程があるスケジュールでした笑
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巨大スクリューもあの頃のまま。駅を出てまず向かったのは観光案内所。『この世界の片隅に』で有名なこうの史代さんのポスターが貼ってありました。

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こうの史代さんの描く漫画は優しさが溢れています。それは画風だけではなくストーリーも登場人物も。『この世界の片隅に』『夕凪の街・桜の国』『さんさん録』『長い道』『日の鳥』など、どの作品もテーマは決して軽くありません。しかし苦難の中でも垣間見える人々の優しさや思いやりが繊細に描かれており、それに魅了されてこうのさんの漫画が大好きになりました。

今回の旅の目的の一つは『この世界の片隅に』の主人公すずさんの足跡を辿ることです。映画化される前から擦り切れるほど読んでいたので、今日は待ちに待った日です。

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呉の観光といえば大和ミュージアムは外せないですね。広工廠の企画展では川西航空機のことが触れられていました。戦艦「大和」を造るなど、東洋一の造船技術を保有していた呉海軍工廠ですが、その隣の広工廠では造船に加え航空技術が発展していきました。その立役者となったのが名機「紫電改」を開発した川西航空機です。川西航空機は神戸の航空機メーカーで、現在の新明和工業の前身にあたります。
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戦争のために開発され蓄積された飛行艇の技術が、今は人を救うための救難飛行艇として活かされている。戦争は誰が何と言おうと悪ですが、科学技術が急速に発展する要因となったのもまた事実です。この事実を頭の片隅に置いておこうと思います。

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仕事柄どうしてもこういうところに目が行ってしまいます。計測機器やゲージ類は今とさほど変わりませんね。

人間魚雷「回天」に搭乗したのは私と同じ21歳の青年。その1人が残した遺言が私にはどうしても忘れられません。故郷の思い出を懐かしむ前半とは対照的に、後半では祖国に身を捧げる強い意志が表れています。現代に見ると後半部分は違和感でしかありませんが、当時の男子学生にとっては自然な感情だったのかもしれません。だからこそ、人々の意識をも歪めてしまう戦争の恐ろしさを感じました。
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大和ミュージアムを出て海軍カレーを食べた後、呉駅下にあるレンタカー屋さんで自転車を借りました。森見登美彦の小説『太陽の塔』になぞらえて「まなみ号」と名付けました。数時間だけどお世話になります。

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まなみ号を駆って呉の街に繰り出します。呉の風景で真っ先に思い浮かぶのは、堺川の下流から望む街並みと灰ヶ峰。呉という地名の由来となった“九つの嶺に囲まれる街”という意味がよく分かります。

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この建物は旧下士官兵集会所。作中にも登場します。周作さんの忘れ物(映画を見に行く口実にした)を届けにきたすずさんが、ここで周作さんと落ち合い映画を見に行きます。嬉しいサプライズに「しみじみニヤニヤしとるんじゃ!」と喜ぶすずさんが可愛らしい一幕。建物の壁面にはロケ地マップや作品のポスターがこれでもかと貼られていました。
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続いて入船山記念館へ。施設内にある旧呉鎮守府司令長官官舎は、明治期の海軍高級将校庁舎のひとつ。上記の庁舎が現存していること自体が珍しく(ほとんどが戦火で焼失したため)、その価値が認められ重要文化財に認定されています。
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季節は真夏。汗を滲ませながら坂道を登り、辿り着いたのは歴史の見える丘。JMU呉工場の巨大なドックが間近で見られます。この場所こそが、かつて軍艦「大和」を建造した呉海軍工廠にあたります。

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「…大和 大和じゃ! よう見たってくれ。あれが東洋一の軍港で生まれた世界一の戦艦じゃ。「お帰り」ゆうたってくれ すずさん」

街の方を見やるとそのすぐ背後には灰ヶ峰を含む山々が。初めて呉に訪れたときにも抱いた印象、この街は神戸に似てるんですよね。そして私は山と海のある街が好きなんだなと気付かされました。

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まなみ号と私は坂道を颯爽と下り南へ向かいます。潮の匂い、港に漂う油の匂い、工場地帯の金属が焼ける匂い、山の匂い、様々な匂いが混じりあって鼻孔をくすぐります。

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一路は“アレイからすこじま”へやって来ました。「アレイ(alley)」という英単語は日本語に訳すと「小道」という意味になります。「からすこじま」とは呉浦にあった周囲30~40mの魚雷発射訓練場として大正時代に埋立てられた小島の名称です。自衛艦がようけ泊まっとりんさる。
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巡洋艦青葉終焉の地。
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作中でも最も印象的なシーンのひとつです。すずさんの幼馴染みで海軍に勤める水原哲さんが搭乗していた巡洋艦「青葉」。陥落した青葉を眺めて微笑む哲さん。それに気づきながらも声をかけずに通り過ぎてゆくすずさん。しかし哲さんの笑顔に、逝ってしまった晴美さんの笑顔が重なります。

「あっち見てってええ?何のフネが居りんさるんかね?」

青葉よ おったのは青葉よ 晴美さん

哲さん 

いまあなたの笑顔の端に 海を切る青葉が宿っていた

うさぎの跳ねる海が さぎの渡る空が宿っていた

わたしがちいさく 晴美さんがちいさく宿っていた

わたしのこの世界で出会ったすべては

私の笑うまなじりに

涙する鼻の奥に

寄せる眉間に

ふり仰ぐ頸に 宿っている

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もはやまなみ号と一心同体になった私。今なら彼女と会話すら出来そうです。「彼女とサイクリングデートなう」 に使っていいよ。
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音戸の瀬戸へ来ました。音戸渡船は日本最短の定期航路。残念ながらこの時はコロナの影響で営業していませんでした。普段は本土の警固屋地区と倉橋島を結び、通勤通学や買い物など生活の足として利用されています。そんな音戸渡船ですが存続が危ぶまれています。音戸大橋、第二音戸大橋の開通に伴い利用者が減少しているとのこと。この状況を打破しようと立ち上がった有志の地域住民や企業が、クラウドファンディングを起案し活動されています。https://motion-gallery.net/projects/ondotosen f:id:massto0421:20201019203352j:imagef:id:massto0421:20201019203452j:imagef:id:massto0421:20201019203415j:image

呉の市街地へ戻ってきました。次は灰ヶ峰の麓を散走してみます。『この世界の片隅に』の聖地巡りの象徴的な「旧澤原家住宅 三ツ蔵」。その名の通り三つ並んだ蔵が特徴的です。すずさんが生きた抜いた激動の時代を、この建造物は静かに見守ってきたと思うと感慨深いです。作中ではまさしくこの構図ですずさんが坂道を歩いています。

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スケッチで登場した西教寺や、かつて朝日遊郭があった場所などをふらふらと走ります。
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数時間を共にした まなみ号とお別れ。別れはいつも突然である。ありがとう。

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呉駅から徒歩1分もかからない「森田食堂」さんで晩ごはんを食べました。
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親子丼と名物の湯豆腐を注文。どちらも優しい味付けで美味しい。食堂のテレビには阪神vs広島の野球中継が映っていて、60歳くらいのおじさんと20代くらいのお姉さんが一緒に盛り上がってました。
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お腹も心も満たされたのでまた散歩した。

夜の堺川もまた美しい。

川縁には屋台が立ち並び、笑い声が街に溶けていく。

公園の植木に身を潜める猫を、電灯が優しく照らしていた。

「過ぎたこと、選ばんかった道 みな覚めた夢と変わりやせんな」

そうつぶやく周作さんの声が聞こえた気がした。

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